任侠山口組の組員射殺した元神戸山口組のヒットマン逮捕…9年間の逃亡生活を支えた親分の存在
菱川容疑者は、もともと神戸山口組の井上邦雄組長(77)の「付き人」をしていた。井上組長は事件当時、神戸山口組の中核組織「4代目山健組」の組長を兼務し、山健組ナンバー2の若頭は、現6代目山口組「5代目山健組」の中田浩司組長(67)だった。
■逃亡中に組織は山口組に復帰
菱川容疑者の親分だった中田組長は事件の翌18年、井上組長の後を継ぎ、山健組組長に就任したが、組織の運営を巡って井上組長と激しく対立。中田組長は神戸山口組から除籍処分を下され、21年、山健組の組員を率いて古巣の6代目山口組に復帰した。
「事件後、神戸山口組側は『菱川と連絡がつかなくなった』『組を去った』と説明していたが、菱川も組の方針に従い、一緒に6代目山口組に籍を移したとみている。これまで6人が関与していたことが判明しているが、住まいや生活面など、山口組から逃走資金を援助してもらっていたのではないか」(捜査事情通)
神戸山口組は6代目山口組との分裂直後こそ約6100人の組員がいたが、25年末には約280人まで激減。同約6300人の6代目山口組との勢力差は歴然で、弱体化が著しい。


















