ヤクルト池山監督vs巨人橋上監督代行…同部屋だった「番長」「裏番」の知られざる素顔
1983年ドラフトでヤクルト入りした同期が、監督として初めて対戦した。ヤクルトの池山隆寛監督(60)と巨人の橋上秀樹監督代行(60)だ。
2位の池山は兵庫・市尼崎高、3位の橋上は東京・安田学園高出身。戸田寮では同部屋で、2段ベッドは池山が上、橋上が下だった。同年ドラフト4位の桜井伸一(千葉・成田高)も含めて仲が良かったという。
ヤクルトの3年後輩で、かねて2人と親交があるギャオス内藤氏は言う。
「同じ年でもウマが合う合わないはありますけど、池山さん、橋上さんは桜井さんも含めて派閥がなかった。後輩としても派閥を気にして気を使う必要がなく、本当によくしてもらいました」
強打の遊撃手としてスター街道をひた走る池山、捕手から外野にコンバートされて控え選手だった橋上。その2人は全くタイプが違うという。
「グラウンド外でも一緒に行動することが多く、ブイブイ言わせていましたけど、性格は違う。池山さんは親分肌で人づきあいが好きで、どんどん外に出ていくタイプ。橋上さんは一歩引いて目配りができるオトナな人。いうなれば池山さんは『番長』、橋上さんは『裏番』です(笑)。ある年、僕も含めた3人が親しくしていた歌手の小室哲哉さんの『ファミリー』の打ち上げが都内であり、僕は池山さんと一緒に参加したのですが、橋上さんは『大人数で行くと小室さんに気を使わせてしまうから』と、あえて辞退した。オトナな橋上さんらしいなと思いました」(同)


















