「グスコーブドリの太陽系」古川日出男著

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 宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」は、賢治の農民への献身と自己犠牲による救いが描かれた童話だ。冷害に苦しむ農民たちを救うため、主人公のブドリが火山を人為的に爆発させて温室効果をもたらすというもの。

 しかし、東日本大震災の原発事故が起こった後では、科学によって自然をコントロールする危うさをまとった物語のようにも読めてしまう。ブドリが守ろうとした人々が本当に幸せに暮らすには、これとは別の新たな「伝記」が書かれる必要があるのではないか、と。

 古川日出男は、いきなり「私はグスコーブドリの伝記が嫌いだ。何かが間違っている」と揚言する。むろん古川のこと、単純な科学批判ではない。もしも原子力という発想があったら、ブドリ、あるいは賢治はその電力源をイーハトーブに導入したはずだ。私たちだって原発を「悪」と決めてかかれるのは、しょせんチェルノブイリ以降でしかない。だからそれ以前の人を「悪ではないのか?」と問うのは間違っている。

 それでも放射能汚染で森や海は生命を失ってしまった。人がいるから、人が必要とする電力が要る。そもそも人がいなければいいのか?……。 

 こうした問題を巡って、自分の実在の妹を登場させたり、自らの過去に言及したり、ブドリ本人に語らせたりと、ポリフォニックな手法で迫っていく。

「太陽系」とあるのは、「グスコーブドリの伝記」を太陽として、水(土神ときつね)、金(セロ弾きのゴーシュ)、地(饑餓陣営)、火(春と修羅)、木(銀河鉄道の夜)、土(風の又三郎)、天(なめとこ山の熊)、海(銀河鉄道の夜)といった惑星を配置して、それぞれをリミックスしているからだ。宮沢賢治生誕123年記念出版とうたわれた本書が問いかける問題は大きい。 <狸>

(新潮社 1700円+税)

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