平野悠
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平野悠「ロフト」創業者

1944年8月10日、東京都生まれ。71年の「烏山ロフト」を皮切りに西荻、荻窪、下北沢、新宿にロフトをオープン。95年に世界初のトークライブ「ロフトプラスワン」を創設した。6月、ピースボート世界一周航海で経験した「身も心も焦がすような恋」(平野氏)を描いた「セルロイドの海」(世界書院)を刊行。作家デビューを果たした。

桑名正博さんの周りはイイ女だらけだった

公開日: 更新日:

 2012年10月26日だった。いくら何でも59歳は早過ぎる。大阪に戻って「ゲタバキの音楽をやりたい」と言っていたね。西荻窪(1973年オープン)、荻窪(74年)、下北沢(75年)のロフトで何度もライブをやった桑名正博は、後年「今のオレの原点である弾き語りがロフトにあった」と言っていた。虚飾や無駄をはぶき、心にズバッと突き刺さる桑名節をもっと聴きたかった。

 桑名さんは1971年に「ファニー・カンパニー」というバンドを結成し、翌年に「スウィートホーム大阪」でメジャーデビュー。「東のキャロル・西のファニカン」と言われた時期もあった。

 ファニカンは2年ほどで解散し、それからギター一本担いで毎月、大阪から東京に出稼ぎにやってきては、ロフトのステージに立ってくれた。 

 まぁ~モテモテだったね、アイツは。周りはイイ女だらけ。あの頃、女にモテたかったらロッカーになればいい――なんて風潮があったけど、桑名さんは別格だった。とにかく女にモテた。

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