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松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

14年続いた「メロウな夜」最終回は、奇しくも“ソウルの女王”アレサ・フランクリンの生誕祭だった

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 先月お伝えしたように、今週月曜(3月25日)の放送をもって、2010年3月から14年間にわたりお届けしてきたNHK-FMのR&B専門番組「松尾潔のメロウな夜(メロ夜)」が終幕した。この日の放送が578回目だった。

 14年。けっして短くはない歳月だ。そのあいだにぼくは親になり、親を喪った。個人的な変化だけではない。この国は大きな天災に見舞われ、原発が咆哮をあげた。世界では新しい大きな戦争がいくつか起こり、いまも続いている。

 メロ夜が始まったとき、NHK-FMにはすでに米国ブラックミュージックの専門番組が存在していた。その名も『ザ・ソウルミュージック』。オダイジュンコさんがDJを務め、1999年から2019年まで20年間も続いた。彼女が降板してからは同番組の準レギュラーだったゴスペラーズの村上てつや、久保田利伸の両氏が新DJとなり、『ザ・ソウルミュージックⅡ』と改名してその灯を守っている。

 村上くんと久保田さんはぼくの長年の音楽仲間。日本語R&Bを開墾してきた盟友だ。もっと言うなら久保田さんは山下達郎さん、鈴木雅之さんと並ぶ、メロ夜の初期常連ゲストでもある。ゆえに『ザ・ソウルミュージックⅡ』もメロ夜も根底に流れるものは同じ色をしていた。

 ただし、明確な差異もいくつかあった。最も顕著なのは、番組名が示す通りソウルの黄金期とされる60~70年代から現在までを広くカバーしている前者に対し、後者はR&Bと呼ばれるのが一般的になった90年代以降に特化していたこと。とりわけぼくが注力したのは現行R&B、つまり新譜の紹介で、これに関しては日本のラジオ番組として最も充実していたという自負がある。

 80年代から米英にネットワークを作ってきた自分にとっては、夥しい数の新譜の中からメロウで良質なものを迅速に選別、極力時差のない形で紹介するのはきわめて自然、かつ大好物。海外アーティストから直接メッセージや最新音源が送られてくる立場にいる以上、それをひとりでも多くのリスナーと分かちあいたいという強い気持ちがあった。「マニアも唸らせる」ものの大半は、そのじつ「マニアしか唸らせていない」ことを、マニアあがりのぼくは知っている。楽曲を選別するのとリスナーを選別するのはまったく異なるし、そこを取り違えれば、番組は砂上の楼閣となり、DJは裸の王様に堕してしまう。

 放送法に基づく特殊法人NHKの公共放送で、米国R&Bの新譜紹介を番組のメインメニューに掲げる。それはつまり、現代を生きる市井のアフリカンアメリカンの声を届ける責任を負うことでもあるだろう。番組当初からふんわりと抱いていた曖昧な自覚は、放送を重ねるごとに解像度を上げていった。その象徴とも呼べる2020年7月のBLM特集回に、番組始まって以来の大きな反響があったのは嬉しい出来事だった。

 この頃からか、松尾はアフリカンアメリカンへの贔屓が過ぎる、いまやR&Bは黒人だけのものではない、という批判の声が生まれ、それは番組が終わるまで消えることはなかった。日本語R&Bというフィールドに長年携わってきた自分こそ「R&Bは黒人だけのものではない」と考え、その実践もしてきた張本人なんですけどねえ。

 ぼくには誤解を招かぬよう強調しておきたいことがあったのだ。米国R&Bに想を得た楽曲や番組を作るとき、それはいつも〈文化の盗用(カルチュラル・アプロプリエーション)〉と呼ばれる重大な問題と隣り合わせ。カルチャーの本質、あるいはそれを裏打ちするものを理解しようとせず、上澄みだけを掬うような態度はけっして好ましいものとはいえない。だからこそ、その時どきで音楽と社会のつながりを考えるためのヒントを、野暮を承知でオンエア楽曲に添えてきたのだ。

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