参政党さや議員はバブル崩壊後の青短女子OG 小中高は公立、就職氷河期の荒波に揉まれて…
横浜市港南区に生まれ育ったさや氏は小中高と地元の公立校で学んだ。彼女が通った神奈川県立横浜日野高校の7年先輩には立憲民主党の小山千帆衆院議員がいる。なお、同校はさや氏の卒業後、野庭高校と統合し、横浜南陵高校と名前を変えている。
2001年、青短の英文学科に入学したさや氏。かつて女子受験生の憧れの的だった青短もすでにその頃にはかつてほどの人気はなかった。「4年制大学を目指す女性が増え、短大に勢いがなくなりつつあった時期」と大手予備校幹部は話す。
せっかく青短に入っても、バラ色の未来は見通せなくなっていた。「短大に限らず、この頃の学生はとりわけ不遇をかこった」と証言するのは理事会の役員も務めた青山学院大の元教授。さや氏はまさに就職氷河期世代だった。90年代前半から続く氷河期は新世紀に入る前後にITバブル崩壊が起こり、さらに状況は悪化。さや氏が卒業する03年の大卒の就職率は55.1%と過去最低を更新していた。さや氏を知るテレビ局関係者は「当初は就職を希望していたようだが、非正規雇用を余儀なくされた」という。