高畑充希「ととねえちゃん」に見る「モデル」と「モチーフ」の違い
たとえば「花子とアン」は明らかに村岡花子(翻訳家)がモデルだが、物語展開はオリジナル要素が強かった。「とと姉ちゃん」も同様だ。
ただ、放送当時気になることがあった。常子が静岡県で生まれ育ったという設定だ。大橋鎭子の自伝的エッセー「『暮しの手帖』とわたし」には、「生まれたのは現在の市ヶ谷駅近くにあった病院」とある。静岡ではなく東京出身なのだ。
幼い頃、父親の仕事の関係で北海道に住んだことがある。本の中で鎭子は「野原で一日中遊ぶガキ大将」だったと言い、「そのころの私の無鉄砲さというかこわいもの知らずが、決心したら何としてでも実行するという、私の性格の土台になっているのかもしれません」と回想している。
ヒロインが東京や大阪へ向かうまでの「地方編」は朝ドラの定型だ。しかし北海道ならともかく、静岡には縁もゆかりもない。モチーフとはいえ、実在の人物を下敷きにしているのだ。人格形成に関わる部分を大きく変えるべきではないだろう。同じモチーフ系でも「花子とアン」の山梨、「べっぴんさん」の神戸、「エール」の福島などは生まれ育った場所として大切に扱われていた。
先週から今期の朝ドラ「風、薫る」が始まった。舞台は明治時代。見上愛と上坂樹里が演じるヒロインは、日本初の「西洋式看護教育を受けた看護師」である大関和と鈴木雅がモチーフだ。実在の女性2人と描かれる2人のヒロインの「重なり」と「差異」にも注目しながら見ていきたい。


















