巨人橋上監督代行の“スペック”は…選手、コーチ時代を知る盟友が明かす「人たらし能力」「ID野球」「心配事」

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 巨人でのプレー経験のない球団史上初の監督として注目を集めるのが、橋上秀樹監督代行(60)である。阿部慎之助前監督とは同郷である千葉県出身。安田学園高の先輩、後輩の関係でもあり、「参謀役」として作戦面でサポート。今季からは攻撃面を統括するオフェンスチーフコーチに就任していた。

 橋上監督代行は1983年のドラフト3位でヤクルトに高卒入団。野村克也監督にID野球を仕込まれた。日本ハム阪神でプレーした後に現役引退後は、楽天、BC新潟でコーチ、監督を歴任。巨人では原辰徳監督の下で2012年から14年まで戦略コーチ、打撃コーチを務め、リーグ3連覇と日本一に貢献。その後も楽天、西武、ヤクルトでコーチを務め、20年からはBC新潟の監督に復帰した。

 そんな橋上監督代行をよく知るのが、ヤクルト選手時代、巨人のコーチ時代の同僚で、3歳上の秦真司氏(評論家)。その秦氏が言う。

「橋上代行は、野村監督の参謀役でヤクルトの二軍監督や阪神のヘッドコーチを歴任した松井優典さんと仲が良かった。野村楽天に招聘されたのも、松井さんを通じて打診を受けたそうです。独特の物言いをする野村監督は正直、敵も多かった。畏怖されて相談を受けるタイプではなかったが、そういう野村監督にも飛び込んでいく。コミュニケーション能力が高いのです。強く意見をするタイプではないから、相手とぶつからない。野球を知っているのはもちろんですが、何より相手の懐に入るのがうまいタイプです」

 さる球団関係者も「いい意味で人たらし」と証言する。

 橋上監督代行は11年オフに当時の清武英利球団代表から「データ野球を巨人に根付かせたい」と請われ、12年に「戦略コーチ」に。

 同じ年のオフに「バッテリーコーチ」に就任し、12年から一軍で共闘した前出の秦氏が、こう続ける。

「お互いに当時の清武代表に呼ばれた外様コーチだけど、『巨人を勝たせるために結果を出そう』と誓い合いました。私は守備面、橋上代行は攻撃面のコーチですみ分けはあったが、内野守備走塁や外野守備走塁コーチもバッテリーのミーティングに入って情報を共有するように進言してくれたことがありました。当時、全盛期だった捕手の(阿部)慎之助が橋上コーチの提案する、確率に基づく野球に心酔したことで、2人はベッタリになった。原監督は途中から2人の関係をいぶかるようになりましたが、この時に関係を構築したことで、24年オフに阿部監督に招聘されたのでしょう」

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