無名時代から懇意だった細木数子の思い出 呼び出されて島倉千代子にインタビューしたことも
週刊現代にいた私に、島倉のインタビューをしてくれないかと電話がきた。行ってみるとそこには、細木と島倉、細木の間夫(マブ)で暴力団二率会(にびきかい)幹部の堀尾昌志がいた。
3年間島倉を同居させ、彼女を骨までしゃぶり尽くした。その間に、堀尾と島倉が“密通”したことがあったようだが、少なくとも細木は約10億を稼いだといわれる。島倉もようやく気付き離れていった。
その後、占星術の本を送ってきた。細木と占いの話などしたことはないから、パクリ本だろうと読まずに捨てた。1983年、陽明学者で歴代総理の指南番だった安岡正篤(当時85歳)をたぶらかして結婚するという大スキャンダルを起こすのである。
私は細木に電話をして行ってみた。細木は笑いながら、「あそこに寝てるわよ」と指さした。行ってみると前後不覚の老人が横たわり、書画骨董の類いが雑然と積まれていた。
「あの人、触ってあげると喜ぶの……」。極道の中年女は会心の笑みを浮かべた。
以来、細木とは会っていない。彼女のテレビも見たことはなかった。私には細木の汚い金儲けの“片棒を担いだ”のではないか、というじくじたる思いがあった。


















