加来耕三
著者のコラム一覧
加来耕三歴史家・作家

昭和33年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科を卒業後、同大学文学部研究員をへて、現在は大学・企業等の講師をつとめながら著作活動を行っている。テレビ・ラジオ等の番組監修・出演などの依頼多数。著書に『加来耕三の戦国武将ここ一番の決断』(滋慶出版/つちや書店)『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』(ポプラ社)ほか多数。

激動の戦国時代 細川藤孝はピンチを頭脳で切り抜けた

公開日: 更新日:

 次の“切所”は天正10(1582)年の本能寺の変。藤孝は信長を殺害した光秀の娘を嫡子・忠興の正室に迎えていたため、世間は光秀に荷担すると見ていました。しかし頭脳明晰な藤孝は光秀の滅亡を予見。光秀に逆らえば畿内に充満する軍勢に殺されかねない状況の中、なんと忠興ともども頭髪を剃り、仏門に入るという予想外の行動に出ます。これでは、さしもの光秀も手出しできません。

 こうして藤孝はピンチを脱出し、彼に見捨てられた光秀は山崎の戦いで敗れ、この世を去りました。

 慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いでも、彼の頭脳は冴えわたります。徳川家康の東軍の勝利を確信する藤孝は、忠興に大軍を与えて東軍に従軍させ、自身は200~300名の老兵とともに田辺城に籠城。その田辺城に石田三成の西軍が1万5000人の軍勢を差し向けます。

 玉砕か籠城か――二者択一の問題を藤孝はまたしても解決します。朝廷工作という抜け道を見出していたのです。藤孝が死ねば「有職故実」を熟知した者がいなくなるため朝廷は3度にわたって彼に開城を命じました。藤孝は「帝のご存念」という大義名分を得て、堂々と城を出たのです。鮮やかな勝利の演出でした。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ZOZO前社長・前澤氏が募集 秘書広報の報酬と求められる物

  2. 2

    元手100万円が6年で“億り人” お笑い芸人はなぜ投資家に?

  3. 3

    屋良朝博氏「辺野古一択は時代錯誤」政府の思考停止を看破

  4. 4

    消費増税でコンビニ大混乱「301円問題」と「111円問題」

  5. 5

    CMや配信で復活の兆しも…「のん」が干された決定的な理由

  6. 6

    森田健作知事 元タレントなのに災害対応で存在感ゼロの愚

  7. 7

    進次郎株ダダ下がり “ステーキ&セクシー”発言で笑い者に

  8. 8

    ZOZO前澤氏の売却で注目 これがニッポンの株長者リスト

  9. 9

    10億円損失がSNSで話題 FXトレーダー・アキラ氏を直撃<1>

  10. 10

    初代女王から隔世の感 女子プロに20代1億円プレイヤー続々

もっと見る

編集部オススメ

  1. {{ $index+1 }}

    {{ pickup.Article.title_short }}

もっと見る