加来耕三
著者のコラム一覧
加来耕三歴史家・作家

昭和33年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科を卒業後、同大学文学部研究員をへて、現在は大学・企業等の講師をつとめながら著作活動を行っている。テレビ・ラジオ等の番組監修・出演などの依頼多数。著書に『加来耕三の戦国武将ここ一番の決断』(滋慶出版/つちや書店)『卑弥呼のサラダ 水戸黄門のラーメン』(ポプラ社)ほか多数。

野望持たぬがゆえ滅亡…朝倉義景は女性運のない戦国大名

公開日: 更新日:

「天の暦数、汝の躬に在り」という言葉が「五経」の一・「書経」にあります。天命はあなた自身に備わっている、との意。戦国大名・朝倉義景はこの言葉をかみしめるべきだったかもしれません。

 義景が国主をつとめた越前(現・福井県北部)は、4代前の朝倉孝景(英林)が国内を統一し、日本屈指の大国に育て上げました。そのため、戦国の世にありながら、重臣たちは平穏な暮らしに慣れ切っていたのです。

 義景が安穏と暮らすことができたのは、越前の経済力のおかげでした。

 当時の海運は日本海側が主流であり、朝倉家はその要衝・敦賀を押さえていたのです。その莫大な財力は、比叡山延暦寺の僧兵たちの金主をつとめるほど。僧兵は朝倉家の金で高利貸を営んで利益を得、金主の越前に巨富をもたらしました。

 義景はその気になれば、京の都に旗を翻すことができたでしょう。しかし彼は京を目指さず、公家たちを保護して、その文化伝承を支援したりしました。天下に、野心というものを持たなかったのです。

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