くそつまらない人生を歩んできた…白石一文氏が問う幸福論

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「僕はくそつまらない人生を歩んできた」――。小説家の白石一文さん(61)はそう繰り返す。大学卒業後、文藝春秋に入社し週刊誌記者としてスクープを連発したり、文芸編集者として作家に寄り添い数々の作品を世に送り出したりした。自身も作家として直木賞、山本周五郎賞を受賞している。十分に手応えを感じられる人生ではないか。それが一体なぜ? 新著「君がいないと小説は書けない」(新潮社)で自伝的小説に初めて取り組んだ経緯ともに、「くそつまらない」の真意を聞いた。

  ◇  ◇  ◇

――物語は「去年も知り合いが二人死んだ」という書き出しから始まり、生前の故人とのやり取りや関わり合いについて綴られていきます。

 会社員時代の元上司と、親交のあった同世代の弁護士の死が、自分の半生を振り返る1つの糸口になったのです。もともと人の死に対しては敏感に反応するほうではありました。ただ、親や兄弟、妻といった近親者ではない人たちが亡くなった場合、他人の僕は書く任にあたわずと思っていました。亡くなったのが近親者であれば、故人について最も知っているのは“身内の自分”だという比較優位性があるので、作品として遺せます。実際、城山三郎さんが書かれた「そうか、もう君はいないのか」(新潮社)が代表するように、妻に先立たれた男が書くものは寥寥としたものがありますから。

■50歳前半までは抱いていた“人生リセット信仰”

――確かに身近な人たちの死は、見ず知らずの誰かの訃報と違って心が揺らぐものであり、過去を振り返るきっかけとなっても、おかしくはありませんね。

 元上司だったSさんの訃報を聞いた途端、無性に寂しかった。それは自分の年齢、つまり年を取ったということが多大に影響しているのかなと思います。この作品は、もともと「小説新潮」に連載したもので、17年9月から始まったんですが、当時の僕は還暦目前。50歳前半ぐらいまでは生活のすべてをリセットし、イチからやり直せるという“信仰”を持っていられたのに、それぐらいになると「ああ、無理だな」って嫌でも気づかされる。それだって、だいぶ往生際が悪いんだけれど(苦笑い)。人生100年時代なんていわれますが、いつ死ぬかも分からない中で、これまで経験してきた量に比べこれから経験するであろう量が圧倒的に少ないと痛感するわけです。

――未来への虚無感が、取り組んだことのない自叙伝的小説というスタイルで作品を綴ることにつながったと?

 そうですね。これまでも自分の人生はなんてくそつまらないんだって思って生きてきました。でも、これは深い反省に基づいたものではないんですよ。もともと身体が弱く、38歳の時には病気(パニック障害)も患ったので、「自分は42歳で死ぬ、その先は余生だ」と捉えて生きてきたんです。変わりようのないくそつまらない人生が続くだけだと。一方で、その考えは受け入れがたい。だから、いざ自分の過去を“値付け”するとなった時は、ゼロを1つ増やしてあげるぐらいインフレ化しないと、背中がうすら寂しくてやっていけませんでした。

■20数年、浮気1つしたこともない

――これまでは「わざわざ文字にして他人様に伝えることはない」とエッセイの執筆を断っていたそうですが、実際に振り返った「小説家・白石一文」の半生はどうでしたか。

 これが本当に何もなかった(苦笑い)。いままでエッセイの類を一切書いてこなかったのは、書くのが嫌いとか面倒くさいとかではなく、本当に書くネタがなかったからなんです。若いころは多少なりとも、道ならぬ恋とかでわくわくすることだってありましたが、現在のパートナーと出会って20数年、浮気1つしたこともない。書けることといったら、体調が悪いことと引っ越しを多くしている人間だというぐらいで。

――20年の間に20数カ所、年に一度を上回るハイペースで住まいを変えている人は、まずいないでしょうね。

 それだって、パートナーに言われるがままなんです。改めて振り向くと、引っ越し以外何もしていない。ただ唯一、特筆すべきは、会社員時代の仕事柄もあって、いろいろな人を見てきたこと。自分の値付けを変える作業のなかで思い出すのは、人との出会いだった。自分がその都度、出会った人びとのことを綴れば、くそつまらない人生の核心が見えてくるような気がしましたね。

  ◇  ◇  ◇

 大学卒業後、文藝春秋に入社。1月26日、61歳の若さで急逝した評論家の坪内祐三さんは生前、林真理子さんとの対談(週刊朝日/15年6月19日号)で文藝春秋の入社試験を受けて落ちた際のエピソードについてこんな風に語っている。

〈出版社って採用人数が少ないから、コネがきかないよね。作家の娘とか息子は多いんだけど〉

〈僕が受けた年は白石一文とかが入ったの。白石ブラザーズは双子で2人とも作家じゃない。2人とも文春の最終試験まで残って、お兄さんが入社したんだけど、でもそのあと直木賞作家になって辞めちゃうんだから、俺を採っといたほうがよかったんじゃないかと(笑)〉。

 並みいるライバルを打ち負かし、入社した白石さんは「週刊文春」の特集班に配属、スクープを追いかける日々を送る。そして細川政権誕生前の政治改革が叫ばれていた頃は「文藝春秋」に異動し政治を担当することに。

――当時は永田町にも通っていたそうですね。

 夜中3時に帰宅し、シャワー浴びて、4時から6時まで小説を執筆。そこから仮眠して9時に起きて新聞をチェックし、11時には家を出てラジオを聞きながら職場に向かうのです。そんな生活を10年ぐらい続けていたでしょうか。文藝春秋での仕事は楽しかったし、充実もしていました。本当は小説なんてやらなくていいんです。だけど、どうしても書かずにはいられない。売れるとかプロになれる可能性なんて感じていなかった。小説を書くことは手間暇かかる僕の趣味でしたね。

■38歳で家出、パニック障害

――妻とひとり息子を残し、38歳で家出。パニック障害との診断を受け、休職もされています。くそつまらない人生からは程遠いような気がするのですが。

 楽しいことならいいんだけれど、家庭を放棄したのも病気をしたのも、決して褒められるようなことではないですからね。

――家を出たことを後悔していますか。

 きちんと家庭というものを持てていたら、くそつまらないと思う感覚は生まれなかったかなとは思います。僕の場合、完全に関係を断ち切ってしまっているので、人生のベースがないというか。当時中学生だった息子は30代半ばになりました。生き別れになっていて、顔さえ分からない。それでも、会いに行こうと思えば会いに行けるはずなのに、そうはしない。向こうからも連絡はありません。この状況は人生において取り返しがつかず、こうして話すのも失礼なことだと思っています。

 いまの僕は、ただ、現在のパートナーと一緒に住み、小説を書くことしかしていない。根無し草のようで、ものすごく空疎なんです。これから人生を始めようとしている人に言いたいのは、くれぐれも結婚は慎重にしたほうがいいということ。もちろん、慎重を期しても幸せな結婚はできないかもしれないけれど、自分のせいであれ何であれ、失った家族は簡単には取り戻すことはできませんからね。

――本作では家庭のことも含め、幼少期のこと、出版界の裏話、そして現在のパートナーとの生活や経済事情に加えて、登場人物の性格分析まで綴られています。何らかのハレーションを起こす可能性も考えられますね。

 この作品に登場する人たちのエピソードは、何人もの話を混ぜこぜにしています。とはいえ、当事者は自分のことかと思うかもしれないし、やっぱり洗いざらい書けない。それでも何か物凄いクレームが届いたら、書かなければよかったと後悔するかもしれませんね。ただ、僕の場合、書いていいことと悪いことのボーダーラインが緩いんだと思います。物書きって自分のことも人のことも何でも書くでしょう? そもそも文章にすること自体、おこがましい話なんですが、書かれた人の気持ちはどうなるんだとか許可は取ったのかといわれても、許諾なんて取っていたらこの商売はとてもじゃないけれど成り立ちません。

「私たちは、人間関係で修行する必要などない」

――週刊誌記者として仕事をバリバリこなす日々、白石さんは心のバランスを崩してしまいます。対人関係やコミュニケーションに悩む場面が多い中、今作に書かれた「私たちは、人間関係で修行する必要などない」の言葉には救われました。

 それも、この年になって気づいたことです。人間は挑戦することで満たされがちです。人間関係でも、うまくいかない上司や仲良くできない同僚との関係を改善するために自分を変えようとする。それはとても尊いことだと思うけど、そこに力を使うぐらいだったら、気が合う人や仲のいい人と信頼関係を深めたほうがいいのではないかと思うんです。

 苦手意識のある人との関係構築に時間を割いたりするには、人生はあまりに短かすぎる。仲のいい人とだからこそ得られる喜びをみすみす逃してしまうことにもなりかねない。人格を陶冶し豊かな人生を送るためには、仲のいい人たちとの関係をより密にしていかないと、最後はむなしくなります。大事な人と多くの苦楽を共していれば、いまの僕のように「つまらない人生だな」と思わなくて済むような気がしますね。

――パン嫌いだった白石さんが、パートナーのことを思いながら評判の食パンを手に入れるために1時間も並ぶなど、日常の小さな幸せを垣間見ることもできました。

 僕は人間嫌いなところがあって、胸襟を開くとかいわれてもそう簡単にはできない。それでもコンセントとプラグのようにカチッとハマる人はいます。年の離れた現在のパートナーもそうですが、世代を問わずにいるし、そういう方々に支えられてきました。

 一度回路がつながれば長く付き合うし、本当に困ったときにお互いに助け合うっていう信号も流れる。それは得難いことであり、回路がつながる相手が奥さんや家族であれば、なおさらいい。僕はむなしい、つまらない人間ですが、想像するに、幸せに生きている人は夫婦が仲がいいんだろうな。奥さんや旦那さんと親しくやれている人は、毎日笑って暮らせているんじゃないかって思います。

 僕はいま、パートナーが病気にでもなったら、攪乱すると思います。のろけに聞こえてしまうかもしれないけれど、さんざん迷惑をかけ続けてきて、最期も彼女に見送ってもらえると勝手に思っているので、おそらく小説も書けなくなってしまう。すごく平凡だけれど、僕の人生って、いま一緒に暮らしている人と仲良く暮らしていくことなんだと思っています。

(聞き手=小川泰加/日刊ゲンダイ)

しらいし・かずふみ▽1958年、福岡県生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、文藝春秋勤務を経て、2000年「一瞬の光」でデビュー。09年「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」で山本周五郎賞を、翌10年には「ほかならぬ人へ」で直木三十五賞を受賞。

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