茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇
英語民間試験や記述式問題の導入が頓挫し、大学入試改革に赤信号がともっている。安倍政権が進める教育再生の先には、どんな社会が待っているのか――。世界の教育事情を知る脳科学者の茂木健一郎氏(57)が小手先の教育改革をぶった斬る。
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■生ぬるく甘ったるい“個性重視”
――大学入試改革の迷走をどう見ていますか。
今回の政府の入試改革案は、日本の将来を託す子供たちを育てるという意味においては、まったく話になりません。あんな小手先の改革で済むと思っている時点で、文科省には当事者能力がないんだなと強く感じました。例えば、導入が見送られた記述式問題。受験生は10枚、100枚とたっぷり記述し、採点する教師の側も自らの価値観が表に出る。主観と主観のぶつかり合いが記述式です。入試改革では、ちょっと書かせて「記述式」だと称しているだけ。大学も選考に対する自信や眼力がないのでしょう。とても根は深い。
――小手先の改革は安倍政権らしい。理念や哲学がない。
安倍首相の最大の特徴は縁故主義。これが最も残念なところです。お仲間優先が強すぎて、日本国内のベスト・アンド・ブライテストを集めていない気がします。必ずしも安倍首相の思想に共感しない人や考え方が違う人も、オールジャパンやワンチームで教育改革をするという雰囲気があれば、世界的な水準と比べてもう少しマトモな教育改革ができているはず。世界の教育についての知識や洞察力のない方々が政策を担っているのは、非常に悲劇的なことです。
――世界の教育はどう違うのでしょう。
僕は象徴的に「ハーバード大学はFランクの大学だ」と言っています。偏差値で見れば、低い人でも入れるし、高いから必ず入れるわけでもない。この学生を入学させたらハーバードが発展するのかどうか、必死になって個性を見極める。そういう入試を実践しています。
――ハーバードはどういう学生が欲しいのですか。
選考プロセスが公開されていませんが、情報はある。例えば、理想的な志願者の一例として、ゴツゴツした路面で一輪車に乗る競技を自分で思いついて、小学校の時からずーっとその記録を取っている。“ゴツゴツ一輪車乗り”の記録の履歴を示して、「年齢を重ねるに連れてこんなに伸びました」というリポートを書いてくるような学生をハーバード大学は欲しい。自分で開発しちゃうような学生です。だけど、次の年、ゴツゴツ一輪車乗りをやって合格するかというと、もう駄目なんだよね。
――とても難しい選考方法ですね。
日本は戦国時代、それをやっていた。織田、豊臣、徳川。誰についていくべきか。自分の出世どころか、一族郎党の命が決まってしまうわけですから、必死になって、個性を見極めていたのです。
――安倍政権の教育改革も個性重視をうたっている。
日本でいう個性はほんとに生ぬるいというか、甘ったるいというか、人間の存在の幅が狭すぎる。狭い幅の中で、「あの子は思いやりがあって、やさしい子だ」「やる気があって目が輝いている」みたいなレベルで言っている。そんなもの何の役にも立たないですよね。
――英語、国数記述式の民間導入は頓挫しましたが、民間の「eポートフォリオ」導入が検討されています。高校生活全期間の活動を記録させ、入試の評価につなげるという構想です。
終わってますね。eポートフォリオでボランティア活動などを点数化するなんてくだらない。eポートフォリオに書けるようなものは個性じゃない。標準化というものが根本的に違うんですよ。原則自由で標準化しないというのが多様性を担保するのには大事なことなのです。