“本文化”保存の新しい試み…神田神保町にオープンした共同書店「パサージュ」を訪ねてみた

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 国際出版連合(本部ジュネーブ)によると、2015年に出版された新刊の書籍点数は中国が約47万点で最多、米国34万点、イギリスが17万点で続く。総務省の別のデータにはなるが、国内の新刊数は6万8608点(20年)。日本は出版不況といわれて久しいが、本を読む文化はこのまま廃れてしまうのか?

 ◇  ◇  ◇

 世界最大級の本の街である神田神保町。初夏の日差しの中、ふらりと訪ねたのは共同書店「パサージュ」だ。散策にはちょうどいい神田すずらん通り沿いにあり、作家や書評家らが自前の本屋を持つというコンセプトで3月にオープンした。

「作家、書評家、出版社など本を愛する全ての人が店主です。本棚を借りて営業する形で、作家さんなら(プロアマ問わず)自著を並べてもいいし、他の好きな作家の作品を置いても構いません」

■本棚賃料は月額5500円~「入居者募集中」

 こう話すのは、パサージュを管理する由井緑郎さんだ。本棚は全362区画あり、場所によって月額5500円から貸し出している(別途入会金1万3200円)。営業時間はもっか15~19時の4時間だが、今月中旬ごろからは12~19時に拡大していく予定。本の価格は棚主が独自に決めてよく、販売価格の1割がパサージュの取り分となる(キャッシュレス販売のみ)。記者がのぞき込むと、月額6930円の本棚などまだ若干の「空室」があった。

「仏文学者である鹿島茂と書評家の豊崎由美さんが中心になって運営している無料の書評アーカイブサイト『オールレビューズ』の実店舗として誕生したのが、この共同本屋になります。本棚の借り主の年齢は幅広く、下は17歳、上は80歳近くの人もいます」

 明治大学で長らく教壇に立った鹿島氏を呼び捨てにすることに気付いた人もいるだろうが、実はこの由井さん、鹿島氏の息子さんなのだ。

「当初、父はこの本屋のネーミングを『日曜古本屋』にしようとしていましたが、あまりにダサいので却下。ただし、日曜日にぶらりと訪ねる古本屋というコンセプト自体はいい。そこでフランスのパリのアーケード街『パサージュ』を思いつきました」

 本家パサージュのような小店舗がギュッと詰まった感じや丸屋根をイメージした書棚には、すでに4000冊以上の本がズラリと並ぶ。

〈どれどれ〉と棚主さんの名前を一つ一つ見ていくと、直木賞作家の中島京子氏や女優でやはり作家の中江有里氏、四方田犬彦氏、内田樹氏、俵万智氏らここでは紹介しきれないほど多くの作家が出店している。

 んっ? 12年前に物故した井上ひさしの名前もあるではないか……。

「井上先生の作品は研究資料としても貴重であり、父と一緒に奥さまの住む自宅へご相談にあがり、出店が実現しました。著者自身が本屋になることで、その本をロングセラーにしたい思いもあります」

作家の付箋が残った古本をそのまま販売

 本棚にあるのは新刊ばかりとは限らない。もっとも、周辺の古本屋に置いてある本と違うのは、付箋などがそのままにしてあること。中江有里氏が売りに出している本を手に取ると、書評の執筆のために使ったであろう付箋が50カ所近くもきちょうめんに貼られていた。時にわずか数十行しかない書評のために、書評家たちはこれほどの努力を惜しまないのだ。

「作家さんの作品もそうですが、書評家さんたちの書評も残しておくべき作品のひとつです。通常の本屋であれば付箋やメモ書きのある本は売り物になりませんが、あえて『付加価値として残して欲しい』とお願いしています。棚主さんによってはポストカードに本の解説や感想を書いたりし、それが買い手の購入意欲をそそったりもする。本そのものもさることながら、書き込み自体にファンが付くのです。本の購入者は自分が抱いた本への感想が、著名な作家や書評家の感想と同じだったりと、答え合わせのようなこともできるわけです」

 近所の大学生が講義の参考書を後輩のためにまとめて売っていたり、中にはギリシャ専門書ばかりを集めた個性豊かというか、クセの強い本棚もある。正直なところ、「一体誰が買うの?」と思ってしまった。

「ギリシャ専門書は1冊の売り値が1万円以上もするものもありましたが、ある研究者の方があっという間にお買い上げになりました」

 それというのも、購入するのは来店者ばかりではなく、Webでも販売されているからだ。遠方にいる人でも自分に合った本と出合える。

「出版不況といわれて久しいですが、『適切な価格と適切な出合い』があれば本はまだまだ売れます。ところが、街の本屋さんはどんどん減っている。そこで生きてくるのが、インターネットの活用です。本屋さんの数は減っても、オンラインで売れるというメリットの方が大きい可能性もあります」

消えゆく日本の書店

 2000年に2万1495店あった日本の書店数は、20年には1万1024店にまで半減している。かつてどんな田舎町にもひとつぐらい本屋さんはあったものだが、今はそれもない。街の風景自体が大きく様変わりしている。

 そんな話をしていると、普段着姿の鹿島氏がぶらりと息子の店にやってきた。本のオンライン販売の手軽さは理解しているつもりだが、実際に街の本屋に足を運べば、装丁の良し悪しや帯の宣伝文句などに釣られ、いわゆる「本との予期せぬ出合い」も待っている。一方通行のオンラインとは決定的に違うところだ。

 同じ疑問を鹿島氏にも投げかけてみたが、「ネットで良い本と巡り合えることもあるでしょうね」と笑顔。そのための自前のシステムを息子がつくってしまったのだから、親子共同作業とも言っていい。

 共同書店といった形式の本屋は全国にいくつかあるが、パサージュはこれから一部の時間を無人店舗にしていく計画がある。由井さんが店番に立たない時間帯に、お客がセルフで本を選んでいくわけだ。セキュリティーの心配はあるが、一度本を購入するとメンバーになれ、スマートフォンで出入りが自由になるという寸法だ。よ~く店内を見渡すと、そのための10台以上のカメラが本棚を見守っている。

「本屋さんというよりサロンのような雰囲気が理想です。可能な時間にワインでも飲みながら本や作家の話をしたり、Zoomのオフ会にも作家さんが飛び入り参加したりすれば、ファンの人も大喜びするでしょうね」

 本文化を残すため試行錯誤が続けられている。 

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