アジアの映画人との縁を育てた故・佐藤の生涯

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「佐藤忠男、映画の旅」

 私事で恐縮だが、今年の夏と秋は映画祭の仕事でまるで休みがなかった。隔年開催の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」で特集上映の企画を共同担当し、作品選定から先方との交渉や手配、解説カタログの編集、当日の上映まで息つく暇もないとはまさにこのことだ。

 その余韻さめやらぬところで封切られたのが現在公開中の「佐藤忠男、映画の旅」。3年前に亡くなった映画評論家の伝記ドキュメンタリーだが、ここにも映画祭の苦労話が出てくる。1991年に始まった「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」では佐藤夫妻が精魂傾けてアジアの映画人との縁を育てたが、福岡市長が代わったのを機に16年間のディレクター職を辞することになる。各国の映画人を自前でもてなす懇切な絆は周知だっただけに落胆も大きかったろう。

 映画祭という事業は苦労と厄介事だらけだが、そこにしかない特別の歓びもある。未知の映画を見いだし、新たな装いを整えてみんなに見てもらう発見の歓びだ。本作は、そういう歓びを映画評論家として、映画祭ディレクターとして、映画学校の校長として世に広めようと努めた故人の生涯を実直に描く。

 寺崎みずほ監督は映画学校での教え子のようだが、福岡での失意の経験にも関係者へのインタビューでそれとなく節度をもって触れてあるのがよかった。

 晩年近くまで筆一本だった人だけに著書も数多いが、わけても佐藤忠男「草の根の軍国主義」(平凡社)は戦時下の軍国少年だった自らを顧みた大衆論。あいにく版元品切れゆえ、代わりに「独学でよかった」(三交社 1760円)を挙げよう。「映画がただの見世物や娯楽から芸術になりかけ」た20世紀前半に生まれ、映画を通して戦後民主主義にめざめてゆく昭和ひとけた世代らしい感慨にあふれた好著である。  〈生井英考〉

【連載】シネマの本棚

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