食事は私と“推し”のデートだ。男たちよ、どうでもいい愛の言葉より目の前の寿司を見ろ

公開日: 更新日:
コクハク

食べ物への愛を誓います

 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きないし、しんどいことだらけの日常ですが、生きていく強さを身に付けるヒントを共有できたらいいなという願いを込めまして――。

【「イキてく強さ」】

 寝ても覚めても、頭から離れない。そのせいで、いつも寝不足気味だ。仕事の集中も途切れるし、友人との付き合いもさぼりがち、貯金だってできやしない。それでも私は、しあわせだ。こんなにも愛が溢れて止まらない。健やかなる時も、病める時も、食べ物への愛を誓います。

 食事を作ることはもちろんだが、食べに行くことが殊更好きである。大衆店から高級店、ガチ中華からフレンチまで、推しが多すぎて人生は大忙しだ。飲食店情報のアップデートを欠かさず、食へのアンテナを張り続ける私は、気付けば膨大な知識を蓄えている。

 それを元に実地調査を行い、飽くなき探求を続けることをライフワークとしてきた。その対象が食べ物ではなく何かの細胞や病原体なら、今ごろ何らかの博士かもしれないが、私はただの食いしんぼうである。

【こちらもどうぞ】電マの営業からラブホの清掃員へ…羞恥心とも戦うストリッパーが思うこと

 会社員時代は仕事が忙しく、勤務先付近の飲食店が専門分野だった。気に入った店には何度となく通ったが、行ったことのない店への興味も尽きず、ランチをハシゴして休憩時間をオーバーし、上司に叱られることもあったほどだ。そしてストリッパーになった今、私の食生活は多忙を極める。

 なにしろ10日ごとに次の劇場へ移動せねばならない。とてもじゃないが、その地で食べたいものを食べ尽くせない。ストリップ劇場が全国各地に星の数ほどあった全盛期なら、私は過労死ならぬ過食死しただろう。

食事は推しと私のデートだから

「〇〇の××はぜひ食べてください」「△△は絶対おススメです」

 食べもののことばかりSNSに上げているせいか、見ず知らずの人からDMやコメントで食情報が届く。世の中には親切な人がたくさんいるようだ。しかし送られてくる情報の99パーセントは、すでに知っている。私がどれだけの時間と情熱と愛を食につぎ込んでいると思っているのだ。すでに何度も自分のSNSに上げている店について教えられても、反応に困ってしまう。

「知っています」「何度も行きました」などと正直に返せば、相手に恥をかかせてしまうかもしれない。しかし「情報ありがとうございます」とだけ返すと、あとで私の投稿に気付いた相手が、気を遣わせてしまったと落ち込む可能性がある。ああもう、めんどくさいな!

 食の情報は常に求めているが、見ず知らずの人はもちろん、よっぽどでなければ知人にも、おすすめの店は訊ねない。私に対して下心のある男性には、特に警戒が必要だ。

「今度連れてってあげるよ」「ご馳走してあげる」この極上の親切に対しての返答は、既知情報の提供以上に神経を使う。それが年上で、経済的に余裕があり、食への知識は人並み以上と自負するおじさんならなおさらだ。

「大丈夫です」は遠慮と取られるし、「うれしい」と喜んでみせれば、その場で日程が決まるだろう。もう逃げられない。食べ物には興味があるがあなたには全く興味がない、ということをあらかじめ伝えておかないと面倒なことになる。お気持ちはありがたいが、情報だけくれ。そして愛する食べ物には、身銭を切りたい。人の金で推しに課金するつもりはないのだ。

 私はグーグルマップも使いこなせるし、常連客100%の小さな酒場にだって潜り込める。会員制でもない限り、連れて行ってもらう必要は全くないのだ。推しにはひとりで会いに行く。それは食事であり、推しと私のデートだから、付き添いは邪魔者でしかないのである。

私ではなく寿司を見ろ

 そういうわけで恋人との食事も、うまくいった試しがなかった。食べものほどの愛はないが、憎からず思っている相手ではある。たまにはデートというコミュニケーションも必要だろう。

 しかし、お昼何食べる?と聞けば、「ミエカの好きなもの」、夜ご飯は?と聞けば、「ミエカが食べたいもの」……。

 そんならわし、アンタと一緒に食う意味あんの?

 食に集中するためにカウンター席を選べば、体ごとこちらに向けて、どうでもいい愛の言葉を囁き続け、職人が握った寿司が葉の上で乾いている。私ではなく寿司を見ろ。私は寿司しか見ていない。体を捻って食事をしたらお腹が痛くなると、親に注意されなかったか。

「よく食べるミエカが好きだよ」と乾いた寿司を寄越されても、回転寿司のレーンで何周もしたような寿司は嫌だ。自分の寿司に責任を持てよ。ロマンティックな恋人は、見知らぬ酔っ払いより質が悪かった。畢竟、食事を断りがちになる。他に好きな人でもいるのかと問われれば、「この世の食べ物全て」と即答するだろう。

(新井見枝香/元書店員・エッセイスト・踊り子)

最新のライフ記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  2. 2

    【スクープ!】元横綱白鵬が相撲協会に「退職届」を突きつけていた! あまりの自己チューぶりに「洗脳説」まで浮上

  3. 3

    「白鵬米」プロデュースめぐる告発文書を入手!暴行に土下座強要、金銭まで要求の一部始終

  4. 4

    永野芽郁&田中圭の“不倫LINE”はどこから流出したか? サイバーセキュリティーの専門家が分析

  5. 5

    白鵬が失った「推定5億円」…“干殺し”で損失はまだまだ増える

  1. 6

    松山千春だけじゃない“黒い交際”が切れない芸能人たち…組長の誕生日会やゴルフコンペに堂々参加の過去

  2. 7

    農水省は「品質管理徹底」と言うが…新たに放出の備蓄米「古古米」「古古古米」はおいしいのか?

  3. 8

    元横綱・白鵬の凄まじい嫌われっぷり…理事長どころか理事すら絶望的の自業自得

  4. 9

    ドジャース大谷の3年連続本塁打王に超強力ライバル…ベテラン2人が「新規大型契約」狙い目の色変える

  5. 10

    眞子さん極秘出産で小室圭さんついにパパに…秋篠宮ご夫妻に初孫誕生で注目される「第一子の性別」