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増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「陽だまりの樹」(全8巻)手塚治虫作

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「陽だまりの樹」(全8巻)手塚治虫作

 今回紹介する「陽だまりの樹」は幕末の江戸を舞台とした武士と医者の珍しいコンビのバディーもので、彼ら2人が主役である。

 武士の伊武谷万二郎は剣は強いが童貞で、直情型の武士。この性格は攘夷派の下級武士、父の千三郎ゆずりだ。

 一方、医師の手塚良庵は遊郭通いに狂う趣味人。幾人もの遊女の恋人がおり、遊女だけではなく道行く一般女性にもとにかくよくもてる。

 本来なら交わるはずのないこの伊武谷万二郎と手塚良庵の人生が、幕末の不安定な社会情勢のなかで出会う。その出会いの核にあるのは蘭方医学(西洋医学)の日本伝達であった。

 令和の現在では当然である、いわゆる現代医学である。しかし江戸時代までは漢方医が優勢で、たとえば盲腸になっても手術で悪い部位を切り取ったりはしなかった。彼ら漢方医は蘭方医学を邪悪なものとして排除し、時の将軍にさえ野草の根や爬虫類の乾燥粉など得体の知れぬものを薬として飲ませていた。

 この「陽だまりの樹」は蘭方医学の流入してきた幕末に実際にあった漢方医とその取り巻きたちとの戦いをモチーフに描く。一方で、江戸幕府の倒れていくさまをさまざまなエピソードをつなぎながら詳説していく。ペリー来航を待つまでもなく、既にして幕府の内実は、陽だまりに立つ老樹のように腐ってしまっていた。

 実在の人物と架空の人物を混交させるのは手塚治虫の得意とするところだが、歴史物の本作ではそのミックス具合が重厚で、読者はどれが実在人物でどれが架空人物なのか、解説されないとわからないほどだ。

 主人公の一人手塚良庵もじつは手塚の曽祖父で実在人物だ。ほかに実在人物として、徳川慶喜、千葉周作、勝海舟、西郷隆盛、坂本竜馬、タウンゼント・ハリスなどが次々と出てくる。

 かたやもう一人の主人公である伊武谷万二郎は架空人物である。だから読みはじめは手塚治虫は曽祖父の手塚良庵の生涯を残したかったのではと思った。

 しかし読み込むほどに、架空の硬骨武士である伊武谷万二郎にこそ自身を重ねたのではと気づいた。漫画家のなかでトップを取った手塚治虫だが、本当は伊武谷万二郎のように、誰に知られるわけでもなく死んでいく硬骨の男として生きたかったのかもしれない。

(小学館 639円)

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