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大竹聡ライター

1963年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年には仲間と共にミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊した。主な著書に「酒呑まれ」「ずぶ六の四季」「レモンサワー」「五〇年酒場へ行こう」「最高の日本酒」「多摩川飲み下り」「酒場とコロナ」など。酒、酒場にまつわるエッセイ、レポート、小説などを執筆。月刊誌「あまから手帖」にて関西のバーについてのエッセイ「クロージング・タイム」を、マネーポストWEBにて「大竹聡の昼酒御免!」を連載中。

(4)94年目のマンハッタン

公開日: 更新日:

 大阪はミナミの「吉田バー」が、閉店した。昭和6年に千日前で創業し、戦後に難波で再開。昭和、平成、令和の三つの時代にまたがった店の歴史は94年を数えた。

 私が訪ねたのは9月11日。閉店の1週間前だった。この日の酒は、取材を兼ねていた。いや、取材で出かけたというのが正確だ。しかし、私には、もう何も訊くことがなかった。創業者の孫で三代目にあたる吉田啓子さんと、このときになって改めて交わす言葉など、どこにも見つからなかった。しばらくの間、ただ酒を飲むしかなかった。

 この店を知って、ほぼ四半世紀になる。当初、私は30代の雑誌記者で、バーやウイスキーのことを書き始めたばかり。右も左もわからなかった。そのときすでに創業70周年の祝いを済ませていたこの店で、私は、何を見てきただろう。

 時間をかけて渋みを備えたカウンターやバックバーを眺め、珍しいウイスキーのボトルを見つめ、グラスの中の美しいカクテルに見入ってきた。

 耳に入るのは大阪弁だ。テレビでタレントさんや芸人さんが口にする関西弁とはどこか違う。早い時刻に店にやって来るご年配のお客さんたちの会話を聞いた後で、啓子さんに教わった。

「船場言葉、いうんですよ」

 今では使える人も少なくなったといわれる大阪商人の言葉だという。とても穏やかで、丁寧な言葉だった。「吉田バー」のことを思うとき、いつも蘇ってくるのが、あの、おじいさんたちの会話だ。

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