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大竹聡ライター

1963年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年には仲間と共にミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊した。主な著書に「酒呑まれ」「ずぶ六の四季」「レモンサワー」「五〇年酒場へ行こう」「最高の日本酒」「多摩川飲み下り」「酒場とコロナ」など。酒、酒場にまつわるエッセイ、レポート、小説などを執筆。月刊誌「あまから手帖」にて関西のバーについてのエッセイ「クロージング・タイム」を、マネーポストWEBにて「大竹聡の昼酒御免!」を連載中。

(5)寿司屋で酒を飲む

公開日: 更新日:

 寿司屋で酒を飲むことを覚えたのは30歳を過ぎた頃だった。父を病院に見舞った帰りのこと。東京郊外の辺鄙な街で、周囲に適当な酒場もなく、一軒だけ目に入った小さな寿司屋の暖簾をくぐったのだ。

 ビールを頼み、鉄火丼を注文し、それを少しずつつまみながら日本酒の徳利を1本だけ飲んだ。頭の中は、これからの父の面倒をどう見ていけばいいのかという難問が占めていて、鉄火丼の味も、酒の味も、覚えていない。ただ、丼の上にのっているマグロの赤身を食べながら酒を飲んでも、バカにされるようなことがなかったのは、良かった。当時、寿司屋のカウンターで焼き物なり刺身なりを頼んで少し飲み、後から握りにするという流れを、私は知らなかった。第一、カネがなかった。

 寿司屋のカウンターで過ごすときの“流れ”を実践したのは40代になってからである。懇意にしていたバーテンダーから銀座で修業を積んだ寿司職人を紹介していただき、最初は取材がてら出かけてみた。

 個室に通され、大事な客人としてもてなされた。寿司がこれほどうまいものなのかと、正直にそう思った。ベテランの職人は、いつでもいらっしゃい、歓迎しますよ、と言ってくれた。

 私がその大事な店をしくじることになったのは、せっかく歓迎すると言われたのに、当時の懐具合がきわめて厳しく、足が向かなかったからである。大事なご縁を無駄にすることになった。

 それから数年経って、自宅近くに、気のおけない、いい店を見つけた。生ビールでお通しの酢の物や煮貝などを食べた後、いつも頼んだのは、燗酒とゲソ焼きである。旬は暑い頃だが、冬場でもきっと頼んだ。焼いたイカゲソに一味醤油をかけてもらう。これが、うまい。ほかにハマグリかサザエを炊いてもらったり、赤貝を切ってもらったり、あれば東京湾もののアジも刺身にしてもらったりした。

 秋から冬だと、店特製のカラスミ、タラの白子焼きなどをもらいながら、酒を冷酒に変える。この店ではいつも、広島の「亀齢」を頼んだ。これが、ひと月かふた月に一度の私の贅沢になったのだが、秋も深まると、もう一軒の忘れられない寿司屋を思い出す。

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