著者のコラム一覧
大竹聡ライター

1963年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年には仲間と共にミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊した。主な著書に「酒呑まれ」「ずぶ六の四季」「レモンサワー」「五〇年酒場へ行こう」「最高の日本酒」「多摩川飲み下り」「酒場とコロナ」など。酒、酒場にまつわるエッセイ、レポート、小説などを執筆。月刊誌「あまから手帖」にて関西のバーについてのエッセイ「クロージング・タイム」を、マネーポストWEBにて「大竹聡の昼酒御免!」を連載中。

(11)寒造りの酒蔵にて

公開日: 更新日:

 翌朝。いよいよ蔵での作業を取材する。蔵へ着いたとき、空にはまだ、きれいな月が出ていた。たしかに、寒い。この冷気が酒の発酵には適しているため、酒造りは寒い時期が中心となる。

 昔ながらの釜で湯をたぎらせ、木製の甑(こしき)に投入した米を蒸す。早朝の酒蔵にもうもうと湯気があがり、建屋の外に出ると、明けてくる空に向けて煙を逃がす窓から湯気が上っていくのが見える。

 蒸し終えた米をスコップですくい、大きなバケツで受けた蔵人が大急ぎで運び出し、米を広げて冷やす。釜も甑も古めかしいし、放冷も手作業だ。麹室の中は上半身裸でちょうどいいくらいの温度になっていて、適温に冷やした米を広げ、種麹を振って、麹菌を生やす。蔵人たちの作業は淀みなく、迷いなく、手早く次へ次へと移っていく。

 見ているこちらは、いま、何をしているのか、うかつなことを聞いて作業の手を止めさせてはいけないと思い、ただただ、彼らの周りをうろうろするばかりだ。16歳の頃、アルバイトで入った押し寿司の生産工場で、職人の周りでうろうろするばかりだったことを思い出す。

 このとき仕込んだ酒を、私はその年の初冬に味わった。寒造りを目の当たりにした酒のうまさは、自然と人の営みへの感謝の味だ。

 あれから2年の月日が経って、この冬も2軒の酒蔵で寒造りを見る。そのうち1軒は年内のうちに見てきたところだ。

 底冷えのする酒蔵に蒸米の湯気が温みをもたらすとき、鼻腔をくすぐるのは、甘くほっこりとした米の匂いだ。

 それはそれはうまそうな、米の匂い。さて、どんな酒ができあがるのか。まだ暗い、極寒の酒蔵は、期待に満ちている。

【連載】大竹聡 大酒の一滴

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