虐待問題解決の本質とは 黒川祥子さんが取材経験から語る

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「もうおねがいゆるして」――。両親による虐待で5歳児が亡くなる痛ましい事件がまた起こった。厚労省の発表によると、2016年度に全国の児童相談所が虐待相談として対応した件数は、過去最多の12万2575件。相談の種別は「心理的虐待」が最も多く、次いで「身体的虐待」となった。第11回開高健ノンフィクション賞受賞作「誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち」(13年刊)以降、虐待や貧困をテーマに取材をし続けているノンフィクション作家はどう見ているのか。

■保護だけでは解決につながらない

  ――虐待に関心を持つようになったきっかけを教えてください。

 09年に橘由歩の筆名で「身内の犯行」というルポルタージュを出版しました。殺人事件のうち、2件に1件が「身内」で起こっている。一つの家庭で殺人者と被害者を出すようになった背景を知りたい。板橋両親殺害爆破、渋谷「セレブ妻」夫バラバラ殺人など10件の身内の犯行を取り上げました。気付いたのが、10件の殺人者全員が性別、年齢関係なく、被虐待者ということ。虐待がいかに大きな傷になるか。虐待から子供たちを救い出す社会を構築する方法はないものかと考えるようになりました。

  ――「誕生日を知らない女の子」では、愛知県運営の「あいち小児保健医療総合センター」を取材されています。

 それまで私が見ていたのは、虐待で殺された子供たちでした。だから虐待家庭から保護されることが、虐待問題の解決につながると考えていました。しかし「あいち小児保健医療総合センター」を取材し、それが全く甘い考えだと知り、愕然としました。0歳から15歳までが収容されるこの病院に、二重構造の閉鎖病棟があるのはなぜか。子供たちのベッドに「イライラするのが治まらない時の具体的対策」を書いた紙が張られているのはなぜか。“気が済むまで殴っていい”ぬいぐるみをたくさん置いた部屋が設けられているのはなぜか。

  ――保護だけでは問題解決にならない?

 まさにその通りです。「性化行動」という言葉をご存じでしょうか? 性的虐待を受けていた子供は、未就学児や小学校低学年など小さな子供でも、自分が受けた性的行動を“再現”する。人前でパンツを下ろしたり、性的暴力を他の子供に与えたり。性化行動をどう抑制するかは、児童養護施設の深刻な問題のひとつになっています。厚労省が発表した性的虐待の児童相談所への対応件数(16年度)は虐待相談全体の1・3%ですが、あいち小児保健医療総合センターでは17%(取材した12年当時)。性的虐待が顕在化しづらい現実を示す数字です。

  ――虐待の影響から逃れられる時が子供たちに来るのでしょうか?

 重要なのは、その後、誰と出会えるか。自分を認め、愛を持って受け止めてくれる大人と出会えるか。被害者としての人生では、「不幸なのは親のせい、社会のせい」と何かを恨み続けることになります。虐待のその後を追う取材で、見違えるほど変わった子供たちに何人も出会いました。それをあらためて痛感したのが、ある再チャレンジ高校との出合いです。

“困った生徒”は実は“困っている”生徒

  ――近著「県立!再チャレンジ高校」では人生をやり直そうとする高校生とそれを必死で支援する教師が出てきます。

 再チャレンジ高校とは、中学までに持てる力を発揮できなかった生徒に対し、再チャレンジの場を与える趣旨の学校で、選抜基準は「関心・意欲・態度」。入試は作文と面接のみで、学力考査は行わず、中学の成績も考慮しない。生徒のプライバシー保護のために仮名で紹介しますが、A県教育委員会が10年、県内に5校つくりました。そのひとつが槇尾高校(仮名)で、偏差値38、A県内の公立高校202校中190番目前後。いわゆる「底辺校」「課題集中校」「教育困難校」と形容される高校です。

  ――虐待家庭の子供が多い?

 最初からそれが見えていたわけではないのです。“困った生徒”ばかりで問題噴出。1年間で1クラス丸ごと消える高い中退率に、教師の側も「槇尾ではやっていけない」と最短で異動願を出すケースが珍しくなかった。そんな槇尾高校へ再チャレンジ高校づくりのキーマンとなる新校長、新教頭が赴任。有言実行の彼ら管理者と、さまざまなアイデアを出す教師たちによって、生徒たちが抱える問題が浮き彫りになっていく。「大人にとっての“困った生徒”ではない。“困っている生徒”なんだ」と分かってくるのです。

  ――大きな転換です。

 生徒自身が「困った」ことを抱えた「困っている生徒」だと考えれば、その解決を一緒に考えようとするスタンスへと教師や周囲の大人が転換していく。では、生徒たちはどうして困っているのか? ヤングケアラーという一時期盛んに報道された言葉があります。家族のケアを担う18歳未満の子供を指す言葉ですが、槇尾高にはそれが現実のものとしてずっとあった。生徒たちと話していると、「バイト代入ったけど、家賃で全部消えちゃう」と言うんです。親が生活費も置かずに出て行ってしまい、弟や妹の面倒を1人で見ている。100円ショップで買ったカップラーメンやポテトチップス1食が1日の食事という生徒、親の手作り料理を食べたことがなく煮物や野菜料理を見たこともない生徒もいます。

  ――ネグレクトです。

 加えて、心理的虐待、身体的虐待、性的虐待もある。生徒たちの遅刻、無断欠席、敬語を使えない、すぐカッとなって暴力を振るう、我慢や努力ができないなどの問題行動の陰には、虐待がある。生活費のためにバイトを掛け持ちして深夜まで働いていれば朝なかなか起きられません。子供は親の言動を見て育つ。酒を飲んで働かない親、すぐに殴る親、子供に無関心な親しか家庭内にいなければ、それしかロールモデルがなく「○○をしたい」という夢を持ちづらい。「いい人生を送るために○○をしよう」という気持ちは湧いてこないでしょう。

■再チャレンジ高校では卒業後も生徒を支える

  ――なぜ虐待を受けている子供が「底辺校」に集まるのでしょうか?

 槇尾高の教頭(後に校長)が行った調査に、A県のある学区の上位校2校と下位校2校との「授業料免除者数・滞納者数」を比較したものがあります。困窮家庭には、授業料が免除される制度です。91年のデータによると、上位校の免除者数は1人、滞納者数は49人、中途退学者数は6人。ところが下位校の免除者数は88人、滞納者数は507人、中途退学者数は174人。家庭の経済格差と子供の学力格差は見事な相関関係にあったのです。実際、槇尾高には生活保護を受けている家庭も多数あります。親は貧困で生活に疲れきっており、自分が生きるだけで精いっぱい。子供のことまで考える余裕がない。子供は家庭に居場所がなく、勉強に取り組める環境もなく、小中学校では粗暴だ、勉強ができない、などと無視されてきた。

  ――「居場所としての高校をつくらないといけない」「支援教育」という言葉が印象的でした。

 彼らは放っておくと、男子はフリーター、女子はフリーターか風俗、または若年出産に至る未来が目に見えています。社会に出ても、教育困難で“社会常識”を身に付けていない子供たちは、正規の職業に就くのは難しい。不安定な非正規労働の末に行きつくのは、生活保護かもしれない。

  ――大きな社会的損失です。

 それらのリスクを抱えた生徒たちに対し、再チャレンジ高校では、従来とは違う新たな仕組みによって主体的に行事や部活に取り組めるようにし、生徒たちに自信や経験を身に付けさせ、自分の未来を自分で考え、卒業後も自活していけるようにする。「教育、福祉、労働」の三位一体の実現を目指して、教師だけでなく、児童相談所、地域若者サポートステーション、地域の自営業者など、さまざまな立場の大人を巻き込んで、生徒たちを、卒業後も含めて支えていきます。虐待や貧困のニュースが流れれば注目を集めますが、一方で社会の大半は「子供の貧困なんてあるの?」程度の認識です。しかし、何とか変えていかねばと行動する大人がいることで、“虐待のその後”が変わっていく。槇尾高が確実にひとつの結果を出しました。

(聞き手=和田真知子/日刊ゲンダイ)

▽くろかわ・しょうこ 福島県生まれ。東京女子大学卒業後、弁護士秘書、業界紙記者などを経て、フリーランスに。近著に「県立!再チャレンジ高校 生徒が人生をやり直せる学校」「PTA不要論」「『心の除染』という虚構 除染先進都市はなぜ除染をやめたのか」など。

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