「楽園の瑕」相場英雄氏

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「楽園の瑕」相場英雄氏

 不良債権、金融危機、食品偽装、非正規雇用など、この国が抱える問題に社会派ミステリーで斬り込んできた著者が本作で俎上に載せたのは地方創生。多摩川源流の楽園のような村から物語は始まる。

「バイクで走っていて見つけた実在の村がモデルです。僕は勝手に『甲州のマチュピチュ』と呼んでいるんですけど、手つかずの自然が残っていて、道の駅も素晴らしい。調べてみたら、地方創生で儲ける怪しい人たちに引っかからなかった村なんですね。ここを舞台にしたら面白いな、という構想は、だいぶ前からありました」

 この村に移住して隠居生活を送る男がいる。伝説の金融ブローカーと呼ばれる古賀遼。相場作品には3度目の登場となる人物だ。かつてのダークヒーローは終の住処でようやくやすらぎを得た。ところが、古賀の楽園に影がさす。〈地方再生! 北甲州町に大規模農場を〉という触れ込みで、近隣の町に大型投資が行われるというのだ。町は歓迎ムードだが、政財界の裏側を知る古賀は危惧を抱く。

「地方再生、創生の話はいろいろ見聞きしましたが、中身はスカスカなんですよ。政府の掛け声のもと、多くの自治体が補助金を取りに行きましたが、さて何をすればいいのか分からない。結局、大手のコンサルタントに丸投げして、膨大な手数料を抜かれる。これ、地方にばらまいたカネが、また東京に戻ってくるだけじゃないですか」

 作中の地方再生計画はもっと怪しい。再生事業を担うのは2つの巨大企業。アドバイザーに政府に影響力を持つ著名な経済学者の名があるのを知って、古賀は身構える。かつて規制改革の名のもとに日本経済を壊した男だったからだ。この男、今度は何をやるつもりだ?

 同じころ、山梨県警の刑事部長、樫山順子は、北甲州町の地方再生事業をめぐる贈収賄疑惑の捜査を進めていた。この樫山も相場作品に登場するのは3度目。男社会でもがきながら頑張っている。

「樫山ちゃんは警察庁キャリアですが、わざと不器用なキャラクターにしてあります。スーパーウーマンでは面白くもなんともないので(笑)」

 古賀と樫山。著者が大事にしてきたキャラクターが甲州の地で出会い、タッグを組んで悪いやつらを追い詰めていく。長年の読者にはたまらない展開。登場人物を介して過去の作品群につながる本作は、日本社会の暗部を描く大河小説の一節とも読める。

「大きな川の本流があって、そこに支流が流れ込んでいくという意識は、どこかにあると思います。バブル崩壊後の失われた30年を、僕は経済記者としてガチに見てきました。日本社会が下り坂になる中で、黒い話も出てくるんですよね。取材メモを見直すと、表沙汰になっていない話が結構あります。『えーっ、そうだったんですか!』という話も、フィクションなら書ける。こういう社会になってしまっていることに忸怩たる思いがありまして。書くことでけじめをつけたいんです」

 残念ながら、この国がよくなる兆しはない。むしろその逆。ネタはまだまだ尽きそうにない。

(小学館 2200円)

▽相場英雄(あいば・ひでお)1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。2005年「デフォルト 債務不履行」でダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。12年、BSE問題を題材にした「震える牛」がベストセラーに。社会派ミステリー、経済サスペンスの名手として活躍中。主な著書に「血の轍」「ナンバー」「不発弾」「トップリーグ」「イグジット」「覇王の轍」など。

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