「僕のY字路 Painting」横尾忠則著
「僕のY字路 Painting」横尾忠則著
アート界の巨人のライフワークのひとつであるY字路をモチーフにした絵画集。きっかけは今から25年前、故郷の兵庫県西脇市に帰省した折のことだった。
小学生の登下校時に立ち寄っていた小さな模型屋に行ってみると、椿坂という坂の途中の三差路の岐路に立っていたその小さな模型屋「ホビィ」は、既に跡形もなくきれいに取り壊されていた。
記念にインスタントカメラで撮影した写真を見ると、夜の町の中でかつて模型屋の背後にあった家の白い壁だけが中央で異様に光り、左右には2本の道が分かれて写っていた。
道の先まではフラッシュの光が届かないため、道路の先端は闇の中に溶け込み、横溝正史の小説に出てきそうな土俗的な、不思議な事件を誘発するような不気味な風景となって印画紙に焼き付けられていた。
写真は、実際の風景では気づかなかったさまざまなことを著者に語りかけてきたという。
左右に分かれた2本の道路は、奥に行くにしたがって闇の中に消失していく。一枚の絵の中に消失点がふたつある、西洋絵画には絶対にない構図のその風景に心を奪われ、「もしかしたら、この夜の風景は新しい絵の、モチーフになるかもしれない」と、すぐさま絵筆をとったという。
以降、三差路をT字路にならって「Y字路」と命名し、現在まで国内外のさまざまな街で見つけたY字路をモチーフに作品を描き続けてきた。
その最初の一枚と思われる白い壁が印象的なY字路から、衝突防止か、それとも古い道しるべか、大きな石柱が立つY字路、さらにY字路の起点に妖しげな魅力を放つスナックがあるかと思えば、定食屋、神社と思われる鋭角に突き出した石垣、そして看板の文字が全て横文字で海外と思われる高速道路か鉄道の高架下のY字路まで、さまざまなY字路が時に写実的に、そしてある時は前衛的にと、さまざまなタッチで描かれる。
中には、Y字路を舞台に、夢で見たミュージカルが展開するなど、現実と幻想が入り乱れた作品もある。
その多くは1枚目と同じく夜景だ。三差路の神秘性をさらに強調するためには夜景という舞台装置が必要であることも著者は最初の写真で身体的に感知したという。
画面の中央の壁が選挙のポスターで埋め尽くされた印象的なY字路は、夕日に明るく照らされているのだが片方の道は暗雲がたれ込めたように薄暗く、何やら暗喩的。
かと思えば夜桜がにぎやかなY字路は、右に進めば下りの階段、左に進む道は大きくカーブを描き、どちらに進むか迷うところだ。このようにY字路は、選択だらけの人生の象徴でもある。
そうしたY字路に思いを寄せる著者の芸術論やY字路がもたらす哲学的思考などをつづったテキストも作品に添えられる。
同じく、作品のモデルとなったY字路を自ら撮影した写真集「僕とY字路 Photograph」も同時発売中。
(トゥーヴァージンズ 3190円)