上原は僕との試合で有名に…僕はフォークの極意を教わった
ボクのフォークは1種類のみ。ガバッと指に挟み、ストライクゾーンからボールゾーンへ落として空振りを取る。が、上原はフォークだけで何種類も投げ分けているという。挟み方の深さを変えたり、縫い目に引っ掛けたり引っ掛けなかったりしながら、ストライクを取るもの、空振りを誘うものを握り分けてコントロールしていると聞いて驚いた。
焼き肉をつつきながら、「フォークの極意」を教えてもらい、参考にさせてもらった。巨人では2年間で1勝と貢献できなかったボクは10年、37歳の時に韓国・SKで14勝7敗の成績を残した。韓国ではフォークが生きた。上原は「門倉さんと投げ合った試合がなければ今はありません」と言ってくれるが、フォークを磨き上げてくれた上原は選手寿命を延ばしてくれた「コーチ」。もっと言えば「恩人」である。
この頃の上原は故障が多いことが悩みの種だったようだ。当時はふくらはぎや太もも裏を痛めていて、「ホント、ケガばっかりで困っているんです。どうしたらいいんですかね?」と相談されたことは一度や二度ではない。注目される巨人では孤高のエース。外に弱みを見せられないのだと感じた。ボクは移籍組。今でいう「ゆるキャラ」のような存在で相談しやすかったのかもしれない。上原の話はためになったし、愚痴を聞くのはボクの大切な役目だった。
(つづく)




















