いつも身代わりになってくれた謝りたい「先輩」捕手がいる
投手にとって捕手は「恋女房」や「相棒」という。それほど大事な存在だ。巨人時代は阿部慎之助。後に日本を代表する捕手になるが、ボクが巨人にFA入団した2007年当時は28歳。完全に打撃優先型で「よく打つ捕手」という印象だった。
バッテリーを組んでみると、リードは「対自分」が指標。常に「どうやったら阿部慎之助を抑えられるか」と考えているような配球だった。打者・阿部はインコースをさばくのが天才的にうまい。半面、アウトコースを苦手にしていた。だからリードも外角中心。困った時はフォークという配球で「え?」と感じることが度々あった。捕手として成熟してきたのは30代になってからだ。
面白かったのは横浜時代にバッテリーを組んだ中村武志さん(現韓国KIAバッテリーコーチ)。ボクが抑えをやっている時、突然「おい、今日は究極の抑え方をする。全部直球でいくぞ」と告げられた。「え?フォークは投げないんですか?」と聞くと、「フォークがあるよ、あるよと思わせて裏をかくんや」とニヤリ。内心「マジかよ……」と思ったが、意外と何とかなるもので、最終回を直球だけで抑えることができた。突拍子がないことをするようで、ボクの直球が走っているという判断があったと後で聞いた。


















