「終わらないPFOA汚染」中川七海氏

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「終わらないPFOA汚染」中川七海著

「規制すれば終わるものじゃない。問題は残留性。なかなか分解されずに体内や河川・土壌などの自然環境に残ってしまう。『永遠の化学物質』と呼ばれるゆえんです。2021年には製造・輸入禁止になったのですが、今でも、汚染された土壌で育てた野菜を食べていた人の血液に高濃度で検出されているんです」

 著者いわく、「令和の公害」だ。在日米軍基地周辺で検出されるなどして、急激にその危険性について関心が高まっているPFAS(ピーファス)。有機フッ素化合物のことで、代表的なPFOS(ピーフォス)やPFOA(ピーフォア)は、発がん性の高さや甲状腺疾患、乳児の低体重出生など、人体への有害性が指摘されている。本書は大阪府摂津市にあるPFOA製造工場周辺での高濃度の汚染について、調査報道の手法で、3年半にわたって追いかけたノンフィクションだ。

 誰もが使ったことのある「テフロン加工のフライパン」。あれがPFOAで、焦げ付かないフッ素加工製品として重宝された。しかし、2000年代以降、人体への影響から米国で規制の動きが起きる。訴訟や大規模な疫学調査を経て、PFOAは19年に国際条約で最も危険なカテゴリーの化学物質に認定された。

「日本でも2000年代に大阪府議会で審議されたのですが、当時の府知事が『ちゃんと対応しています』と答弁し、そのままナアナアになってしまった。規制に動いたのは、日本も批准している19年の国際条約でPFOA廃絶が決められた後でした」

 毎度のことだが、公害に対して日本での動きが鈍いのは排出元の企業、自治体、政府、そしてメディアが互いに“配慮”し合う関係性にあるからだ。摂津市のPFOA製造工場はダイキン工業淀川製作所。摂津市は「ダイキン城下町」で、雇用や税収で街を潤してくれる大事な企業である。

「大阪府は2000年代にPFOA汚染を掴んでいて、ダイキン幹部をヒアリングしています。府、摂津市、ダイキンの三者会議も15年ほど開いてきていますが、ダイキンに、『この話は外に出さないで』と言われたら自治体側は出さないんですよ」

 つまり、行政より事業者の方が立場が上。行政が機能していない、と著者は言う。

「メディアもダイキンの社名を出すことに及び腰です。国も経産省などは企業にどんどん頑張ってもらいたいと考えているので、『今度こういう規制ができるけど、どうしよう』と、企業と一緒になって相談していたりするんですね。実は、いまや国策になってきた『半導体』の製造にPFASは欠かせないんです。だから国は、PFAS規制を進めようとはならないわけですよ」

 取材を進める中で、著者はPFOA研究の第一人者である京大名誉教授の小泉昭夫氏から、ダイキンの「社外秘文書」を託された。05年に研究室に封書で届いた差出人不明の“密告文書”だった。PFOA汚染に関する宝の山のような書類で、これを機に、調査報道のエンジンが加速する。読者にとっては、ドキュメンタリーを視聴しているかのような感覚でページが進む。

「近くにPFOA製造工場がなくても、PFOAを含んだ廃棄物が放置され、水道水が汚染された岡山県の吉備中央町の事例もあります。終わらないPFOA汚染。ぜひ、自分事として捉えていただけたらと思います」 (旬報社 1870円)

▽なかがわ・ななみ 1992年、大阪生まれ。大学卒業後、米国本部の国際NGOに勤務。2020年から探査報道に特化した非営利独立メディア「Tansa」に加入し、ジャーナリストに。ダイキン工業による化学物質汚染を描いた「公害PFOA」で、PEPジャーナリズム大賞(2022年)とメディア・アンビシャス大賞[活字部門]優秀賞(2023年)を受賞。

【連載】著者インタビュー

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