「松明のあかり 暗くなっていく時代の寓話」バリー・ユアグロー著、柴田元幸訳/twililight(選者:稲垣えみ子)
主人公が感じた恐怖はすでに我々を取り巻いている
「松明のあかり 暗くなっていく時代の寓話」バリー・ユアグロー著、柴田元幸訳/twililight
長時間労働会社に勤めたせいで海外旅行に縁遠く、人生初のアメリカに行ったのは還暦間近のことである。行ってよかった。私はアメリカ人が大好きになった。アメリカ人は何と言ってもみな親切であった。年をとると人の親切が身にしみる。それがうれしくて、半年後に同じ場所を再訪すらしたのである。
むろんまた行きたいと思っていた。まさかそれを躊躇することになるとは思ってもみなかった。あの人が大統領に返り咲いて以降アメリカは音を立てて変容を始め、我が近所に住むアメリカ人はニューヨーク旅行を断念した。「日本人の妻を連れていくのが心配。今は何が起きるかわからない」。少々心配しすぎと思っていたら先日、米政府が観光客のSNSをチェックする方針と聞き自分は楽観的過ぎたと思い知る。これからアメリカに行こうと思えば日頃から言動に気をつけなきゃいけないのだ。そんなことを要求してくるアメリカは、果たしてあのアメリカなのだろうか? というか、そんなことを許しているアメリカ人は、果たしてあのアメリカ人なのか?
そうなのだ。あの人はともかく、あの人の下で暮らしている私の大好きなあの親切なアメリカ人たちはいま何を考え、どう過ごしているのだろう。
本書にはそのことが鮮烈に描かれている。というか、あまりにも鮮烈に描かれすぎていて胸が痛くなった。ある日自分の国が急に変わった時、人々の中で抑えつけていた何かがはじけた時、残酷なことが残酷でなくなった時、許せないはずだったことを案外許している自分に気づいた時、人は何をどう感じ、どう生き延びようとするのか。厚さ7ミリほどの本に収められたごく短い22編の「寓話」を読み終えた私は、旅先で出会った人たちのことを痛ましく想像し、どうか元気でいてほしい……と考えたところでハッとした。
寓話の主人公が感じている恐怖は、どれも驚くようなことではなかった。それどころか今の私にも十分お馴染みの恐怖だった。全てはすでに私を取り巻いていることであった。これは遠い国の寓話などではない。
政府とは何だろう。それは我々が選ぶものである。最後の寓話「枕の下に見つかったさまざまな政府のリスト」が胸に突き刺さる。「優しさによる政府」「そっと撫でる手による政府」。我らはなぜそれを選べないのだろう。
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