「認知症は病気ではない」奥野修司氏

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「認知症は病気ではない」奥野修司氏

 厚生労働省は今年5月、2040年には認知症患者が、584万人にのぼると推計。高齢者の約15%が認知症の時代が来ると社会に衝撃を与えた。

「コロナウイルスのピーク時、陽性者の割合が一番高かった0~9歳の年代で15%いた。つまり、一般的に同年代の1~2割が同じ病気にかかっていれば異常な状態といえます。一方、認知症有病率はデータを見ると70代後半では13.6%ですが、85歳からは実に41.4%まで急増、90代前半になるとなんと61%。同世代の半数以上が認知症となれば、認知症になることが“正常”であって、認知症でない方が“異常”だと言えないでしょうか。認知症は一見して病気のようでも、実は大半が単なる“老化”なのです」

 本書は、介護・医療従事者だけでなく、認知症の当事者の声を聞き取ることによって、社会の誤った認知症に対する見方を覆す、警世の書だ。

「島根県出雲市にあるデイケア施設『小山のおうち』では、重度認知症高齢者の方々が手記を書いているんです。ひらがなが多くて糸くずを広げたような筆跡ですが、それを読み込むと私たちと変わらない豊かな感情を持っていることがわかり、驚きました。手記をもとに本人と直接お話をさせてもらうと時間はかかりますが、『どうなるか心配でたまらない』『死にたくなるほどつらい』などの言葉がポツポツと出てくる……。作家の有吉佐和子氏は『恍惚の人』と表現しましたが、まったく逆なんですね」

 実際に、認知症の人のIQとEQ(感情の知能指数)を測った研究によると、IQは少しずつ低下していくが、EQは中程度の認知症になっても多くの人は正常なのだという。

「認知症が進むと、徘徊や暴力などの言動の変化から『何もわからなくなった』と思いがちですが、それらはある意味、感情は豊かであることの裏返しなんです。たとえば、徘徊癖のある利用者さんは『私の心のささえ!!』とタイトルを付けて、徘徊する理由を驚くほど詩的に表現していました。彼らにとって怒られたという負の感情は強く刻まれているので、居心地がすこぶる悪いんですよ。だから“かつての心休まる関係”に戻りたいという気持ちになって、その幻影を求めて徘徊や帰宅願望が生まれるんです。演歌にふるさとに“帰る”という言葉がよく出てきますが、まさに同じニュアンスです」

 ほかにも本書は、暴力や暴言などの症状についても「ボケへの不安でいっぱいなときに『しっかりして』と言われたら、尊厳が粉々になる」と当事者の心のうちを拾い集める。それらが、声かけなど周囲の人々との環境の改善に伴って緩和された例を数多く紹介する。

「認知症を病気と捉える社会の根底にあるのは、高齢者に向けられたエイジズムです。沖縄県・石垣島では出歩いている老人がいたらタクシー運転手が家に帰してあげるのが当たり前で、“徘徊”という言葉は存在しませんでした。アイヌの世界では、老人が訳の分からないことをしゃべるのを“神に近くなった”と捉えて、大切に扱う文化まであったんです。そうできなくなったのは、明治以降の近代化の流れでつくられた老人や認知症に対する差別や偏見が一般家庭に浸透してしまったからです。ある利用者さんが『認知症になっても気にならない社会があるといいなあ』と書いていましたが、その社会をつくれるのは私たちなんです」

(文藝春秋 1166円)

▽奥野修司(おくの・しゅうじ) 1948年大阪府生まれ。ノンフィクション作家。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞を受賞。社会問題を扱った「心にナイフをしのばせて」や医療をテーマにした「看取り先生の遺言」など著作多数。「ゆかいな認知症」や「なぜか笑顔になれる認知症介護」など認知症の取材にも長年取り組む。

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