著者のコラム一覧
細田昌志ノンフィクション作家

1971年、岡山市生まれ、鳥取市育ち。CS放送「サムライTV」キャスターから放送作家としてラジオ、テレビの制作に携わり、ノンフィクション作家に。7月に「沢村忠に真空を飛ばせた男 昭和のプロモーター・野口修評伝」(新潮社)が、第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。

TBSが仕掛けた大晦日戦争 猪木軍対K-1軍「INOKI BOM-BA-YE2001」放映の大成功

公開日: 更新日:

「テレビと格闘技」2003年大晦日の真実(1)

 昭和の大晦日は歌の時代である。

 夜7時からTBSテレビで「輝く!日本レコード大賞」(レコ大)が、夜9時からはNHKで「NHK紅白歌合戦」(紅白)が放映され、1970~80年代にかけての平均視聴率は、レコ大が36%、紅白は70.2%(いずれもビデオリサーチ関東地区調べ)。つまるところ、日本人の半数以上が20年もの間、大晦日に歌番組を視聴していたことになる。移ろいやすい国民性を思えば驚嘆に値する。

 とはいえ、他局も手をこまねいていたわけでは決してない。日本テレビは、紅白を辞退した人気絶頂のピンク・レディーを擁して「ピンク・レディー汗と涙の大晦日」(78年)を新宿コマ劇場から生中継し、マンザイブームが日本中を席巻すると「輝け!笑いは日本を救う 5時間生放送」(80年)を、85年以降は「忠臣蔵」「白虎隊」「田原坂」「五稜郭」といった「年末大型時代劇」を放映したが、紅白の牙城を崩すには至らなかった。

 フジテレビも政治評論家の竹村健一をホスト役に「日米二元衛星中継 世界の中の日本 危険からの脱出」(81年)という硬派な政治討論番組をラインアップしたかと思えば「Dr.スランプアラレちゃん大晦日スペシャル」(82年)という人気アニメの特番、揚げ句に西城秀樹、布施明ら紅白落選歌手と、ティナ・ターナー、シーナ・イーストンら海外アーティストを揃えて「世界紅白歌合戦」(85年)なるあからさまな模倣番組まで立ち上げたが、まったく歯が立たなかった。しかし、2000年代に入ると、盤石と思われた紅白とレコ大の人気にも陰りが出てきた。00年は紅白の視聴率も1部39.2%、2部48.4%とついに50%を割り、レコ大に至っては14%と、15%さえ下回った。当然、レコ大を放送していたTBSは打開策に乗り出すことになる。

 今も昔もテレビ番組は前の時間帯の影響をもろにかぶる。すなわち、番組の数字が低いと後番組に深刻な影響をもたらすのだ。このときTBSの上層部は「伝統あるレコ大をすぐ終わらせるわけにはいかないが、その後番組に強力なコンテンツを用意する必要はある」と考えた。そこでTBSが用意したのが「格闘技」だった。今年の大晦日もフジテレビで「RIZIN」が放映される。今や大晦日に格闘技中継は不可欠となったが、01年のTBSがその嚆矢である。93年に「LIVE UFO」なるフジサンケイグループ主催のイベントのひとつとして始まった立ち技格闘技「K-1グランプリ」は、96年に初めてフジテレビのゴールデンタイムに進出。97年には3大都市のドームツアーを大成功させ、98年には日本テレビでも放映を開始するなど、格闘技のビッグイベントとして熱狂的な人気を集めていた。

ブームに出遅れていたTBSが視聴率で民放トップに

 そこに目を付けたのがTBSだった。かつては沢村忠のキックボクシング中継でブームを巻き起こし、具志堅用高、鬼塚勝也、畑山隆則ら時代に即したプロボクシングのスターを輩出しながら、90年代以降の格闘技ブームには完全に出遅れていた。

 そこで折からのK-1人気に着目する。K-1にとってもフジ、日テレに続きTBSの放送まで実現すれば前代未聞のことで、断る理由はまったくない。かくして両者の思惑が一致する。K-1創始者、石井和義の証言がある。

「最初『K-1ジャパンシリーズ』をやっていた日テレに大晦日格闘技の企画を持っていったら、蹴られたのね。企画が中ぶらりんになってしまった。仕方がないからTBSに同じ企画を持っていったら、これがすんなり通った。それで始まったのが最初だったわけ」

 2001年12月31日は、歌番組、ドラマ、アニメ、バラエティー、情報番組、報道番組で占められてきた大晦日のテレビ戦争に、初めて格闘技中継が参入した記念すべき日である。タイトルは「INOKI BOM-BA-YE2001」。テーマは「猪木軍対K-1軍」。石井和義は自身が企画を持ち込みながらTBSを主催に、総合格闘技イベント「PRIDE」を運営するドリームステージエンターテインメント(DSE)に運営一切を任せた。しかし、実際にイベントを動かしていたのが石井であったことは紛れもない。名を捨て実を取ったのだ。

 とはいえ、テレビ関係者は格闘技中継に一様に懐疑的だった。「大晦日の一家だんらんで殴ったり蹴ったりを見たいかね?」「うまくいくわけない」「数字なんか取れっこないさ」という業界人の冷ややかな反応を筆者はこの時期何人も見た。

 大晦日当日、会場のさいたまスーパーアリーナには過去最多(当時)となる3万5492人の大観衆が集まった。何より、当日券が飛ぶように売れたのは、関係者にとってうれしい誤算だったに違いない。それだけ一般層の関心が高まっている証左だからだ。

 メインイベントでは元大相撲力士のプロレスラー、安田忠夫がK-1ファイターのジェロム・レ・バンナを前腕チョークで下した。ギャンブルに狂って家庭を崩壊させたダメダメな父親が、離れて暮らす愛娘の前で、絶対不利の強敵から勝利をもぎ取るという奇跡と感動の幕切れである。とはいえ、問題は視聴率だ。興行の盛況とテレビの視聴率は必ずしも比例しない。

■「格闘技は数字を持っている」

 しかし、ここでも奇跡が起きる。蓋を開けると「INOKI BOM-BA-YE2001」は14.9%を叩き出し、同時間帯の民放のトップに立った。前年の同時間帯に放送された「20世紀報道スぺシャル」の視聴率が5.1%だったことを思うと予想外の大躍進である。

「格闘技は数字を持っている」―ー多くの業界人が目を見張った。テレビがCM収入で賄われている以上、彼らの関心が視聴率に向くのは当然のことだからだ。

 前代未聞の大混乱を引き起こした「2003年の大晦日格闘技」はここから始まった。

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