著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

『ティル』がいよいよ公開…米国の残酷すぎる史実が劇映画化される意義と意味

公開日: 更新日:

 今週末12月15日(金)、『ティル』がいよいよ劇場公開される。1955年に米国南部で実際に起きた、14歳の黒人少年が壮絶なリンチを受けて殺害された事件と、その後に彼の母親がとった勇気ある行動を丹念に描く劇映画。タイトルはこの母子の姓から。

 事件を説明しよう。1955年8月、中西部の大都市シカゴ育ちの黒人少年エメットは、強い黒人差別がはびこる南部ミシシッピ州の親戚宅で休暇を過ごしていた。現地の友人たちと連れだって白人男性が営む食料雑貨店を訪れた彼は、店主の妻である21歳の白人女性に向かって口笛を吹く。あとでこの振る舞いを知った店主とその兄弟は腹を立て、エメットを拉致してリンチを加える。眼球をえぐり出し、頭を割って銃で撃ち抜き、その死体を川に捨てた。錘として30キロ強の回転式綿搾り機を有刺鉄線で首に縛りつけて。死体は3日後に川で発見されて引き揚げられた。

 人種隔離制度が残る時代にあっても、ありえないほど重すぎる「不敬罪」だった。エメットの母親メイミーは、リンチの残忍性を広く知らしめるために、大胆にも棺の扉を開けたまま葬儀を行った。この行動はセンセーションを巻き起こし、新聞や黒人雑誌は変わり果てたエメットの遺体写真を掲載、事件は大きなニュースになる。だが起訴された店主らふたりは、全員白人の陪審団によって無罪が確定。彼らのリンチは、好ましくない振る舞いをした黒人少年への「懲罰」であり「殺人」ではないとされた。しかし後になって雑誌の取材に応えた彼らは、自分たちが行った残忍きわまりないリンチを詳細に告白したのだった。

 メイミーはNAACP(全米黒人地位向上協会)の一員として、事件と裁判について粘り強く全米で講演活動を続けた。映画はこの部分の描写に重きを置いている印象がある。「母の愛」という言葉で表すことができるかもしれない。メイミーとその仲間たちの努力の甲斐あって、結果、この事件は公民権運動を大きく前進させる役割を担う。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    侍ジャパンに日韓戦への出場辞退相次ぐワケ…「今後さらに増える」の見立てまで

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  4. 4

    “新コメ大臣”鈴木憲和農相が早くも大炎上! 37万トン減産決定で生産者と消費者の分断加速

  5. 5

    侍J井端監督が仕掛ける巨人・岡本和真への「恩の取り立て」…メジャー組でも“代表選出”の深謀遠慮

  1. 6

    巨人が助っ人左腕ケイ争奪戦に殴り込み…メジャー含む“四つ巴”のマネーゲーム勃発へ

  2. 7

    藤川阪神で加速する恐怖政治…2コーチの退団、異動は“ケンカ別れ”だった

  3. 8

    支持率8割超でも選挙に勝てない「高市バブル」の落とし穴…保守王国の首長選で大差ボロ負けの異常事態

  4. 9

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 10

    和田アキ子が明かした「57年間給料制」の内訳と若手タレントたちが仰天した“特別待遇”列伝