「尼神インター」解散から1年、吉本興業も退所した誠子さんは痩せてキレイに…何があった?
解散は相方から。「想像もしていなかった」
さて、NSC大阪校30期生の誠子さんは、2007年、同期の渚(現・ナ酒渚)さんと「尼神インター」結成。漫才のほか、「水曜日のダウンタウン」(TBS系)などのバラエティー番組ではぶっちゃけトークやドッキリ企画で笑いをとった。
「笑ってもらえるとすごくうれしくて、私も元気をもらえて、ハードスケジュールでも心はまったく疲れませんでした。ただ、今はコンプライアンスが厳しくなって、かつての“女を捨てたような”芸や企画は、オファー自体がなくなりました。私自身はみんなが笑ってくれるなら、またいつでもやりたいんですけどね」
そもそも、なぜコンビを解散し、事務所を退所したのか。
「一昨年の暮れに、渚から『解散したい』と言われました。コンビでライブやメディア出演などの夢をかなえられ、ピンでの活動が増えていたので、渚はコンビの制約をなくして思いっきりピンでやりたくなったんやろうな、と思います。私は解散を言い出されるとはまったく想像していなくて、悲しくて寂しくてずいぶん泣いたけど、渚は相当考え覚悟して言い出したはずなので受け入れました。私は、新しくスタートするなら、大きいチャレンジをしなあかんと退所を決意しました。渚には、いつか私のライブのゲストに来てくれたらうれしいですね」
しかし、フリーは収入が不安定で大変だろう。
「そうですね。私は28歳で東京進出する前に、元気だった母、まもなく父も突然、病気で亡くしたので、自分の人生もいつ終わるかわからない、やりたいことは思い立ったときにやらなあかん、と常に考えています。両親が命をかけて最後に教えてくれたから、東京へ来てからもがんばれた。物欲はないし、将来のために貯め込む気もない。お金が入ったら、次のお笑いライブに回していくことしか考えていませんね」
(取材・文=中野裕子)