星野監督は開口一番に「引退勧告」 俺が“邪魔な存在”であるとヒシヒシと伝わってきた
闘将との再会が待っていた。
2010年9月末、マーティ・ブラウン監督の解任発表からわずか数日後、新監督候補に阪神でシニアディレクターを務める星野仙一さんが浮上しているとメディアが報じた。中日時代、プロの世界のイロハを叩き込まれた恩師であるが、正直言って、楽しかった思い出はあまりない。
記事でその名前を見たとき、「俺の現役生活も今年で終わりだな」と悟った。再会したときに交わした会話は今でも忘れられない。
10月の監督就任会見の翌月、11月のKスタ(現・楽天モバイル最強パーク)だった。三塁ベンチで報道陣と談笑する星野監督に挨拶して握手すると、開口一番こう言われた。
「二十何年やっている選手を(プロに)迎え入れて、送り出すのは珍しいな。クビになる前に俺が送り出そうか」
俺は「引退勧告されちゃった」と返すのが精いっぱいだったが、星野監督は笑ってこう畳みかけた。
「俺は最近、『おくりびと』と呼ばれているんだよ」
これには何も返せなかった。星野監督は笑っているときが一番怖い。
確かに、星野監督は自他ともに認める「おくりびと」だった。中日のときも阪神のときも必ず「血の入れ替え」をした(※)。
トウが立ったベテランのクビを切り、FAやトレードで補強。選手同士の競争心をあおった。実際、俺は中日での若手時代、対戦相手よりもチームメートと戦っていた。
「気を抜けば身内にやられる」
そんな緊張感が常に張り詰めていた。
星野監督にとって、チームに大きな影響力を持つベテランは、時に邪魔な存在。それに該当するのが俺だった。チームは俺が右を向けと言ったら右を向く状態。若手にも態度や練習に取り組む姿勢について、厳しく言っていた。
星野監督は面白くなかったに違いない。「自分が
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