(1)デビュー前夜 3回目のチャレンジで「スター誕生!」に合格
しかし明菜はくじけず、翌日ハガキを買いに行き、再び応募した。2度目の予選会の通知が来たのは翌80年の夏の終わり、松田聖子がデビューして「青い珊瑚礁」が大ヒットしていた頃だった。
そして10月、山口百恵が引退した頃に、明菜は「スタ誕」の予選会に出て、今度は松田聖子のデビュー曲「裸足の季節」を歌った。だが、またも松田敏江が「歌は上手だけど顔が子供っぽいから、無理ね。童謡でも歌っていたら」と酷評した。
松田敏江は前回は「大人過ぎる」、今度は「子供っぽい」と、正反対のことを言った。とにかく、明菜が気に入らないのだ。
それでも明菜は諦めず、3度目のチャレンジをした。女性で3回も応募したのは彼女が初めてだった。81年夏、今度は山口百恵の「夢先案内人」を歌うと、過去最高得点を得て合格した。
明菜は高校1年になっていた。最初に出てから、ここまでくるのに3年もかかった。(つづく)


















