「テーマの研究不正は、私が以前バイオ系の研究職だった経験が基になっています」──「風車と巨人」岩井圭也氏
「風車と巨人」岩井圭也氏
主人公は、TV番組の制作会社に勤める三田紗矢子29歳。母親の乳がんをきっかけに、「不老因子」を発見した研究者・嘉山宗弘教授にたどり着いた三田は、ドキュメンタリー番組「十一時の肖像」で、嘉山教授を取り上げる自身の企画が通ったことを知らされる。奮い立つ一方で、彼女は嘉山教授の周到な対応に違和感を覚え、教授の研究に不正があると声を上げた病理医がいたことを思い出す……。
「ドキュメンタリーの撮り手を取り上げたくて、映像関係の方に取材し、本作を書きました。テーマの研究不正は、私が以前バイオ系の研究職だった経験が基になっています。実験や研究には揺らぎがあり、そこに不正が入る余地があることは感じていました。研究不正というとSTAP細胞を思い浮かべるかもしれませんが、あそこまで騒がれなくても不正事例は実は多いんです」
三田は、高校時代にバスケ部のコーチのハラスメントを告発するため、現場を撮影してコーチを辞職させた経歴の持ち主だ。母親から「なんでなんでのさっちゃん」とあだ名をつけられるほど、物事を納得できるまで追及する癖もある。そんな彼女は、不正疑惑を晴らすために事実確認を行うのだが、真相に近づこうとすればするほど疑惑の色は濃くなっていく。
本書は、番組企画が頓挫する可能性を考えつつも、研究不正疑惑に食らいついた三田が、いつの間にかたどり着いた虚実のはざまの物語だ。研究成果を心から信じる研究者と、真実の追求とその公表を諦めない若手ディレクターの攻防戦が楽しめる一方、いかなる人も正義でいることが難しい現代社会に生きる私たちの現実ものぞかせてくれる。
「正義と悪のような単純な図式にはしたくないと思っていました。悪いことをしたヤツはもちろん悪いのですが、SNS時代になって彼らをメッタ打ちにしていいという風潮が顕著になっています。けれど、誰でも少し間違えば不正に手を染めかねない。契約が取れたことにしちゃう営業マンも、施設で過去の経歴を盛る老人も、1ミリずれた製品を作った工場勤務者も、カンニングしちゃう学生も、誰もが道を踏み外す可能性がある」
物語には、嘉山教授に違和感を感じながらも証拠があるわけでもないので見て見ぬふりをする同僚や、無理に告発しても益がないと波風を立たせない専門家なども登場する。場面は違っても、似たような状況に陥った経験がある人も多いのではないだろうか。
表題の「風車と巨人」は、現実をねじ曲げて自分の正義を履行しようとした人の話を探していた著者が、セルバンテス著の「ドン・キホーテ」の一節にその姿を見つけたことに由来する。ドン・キホーテは、風車を巨人だと確信して風車に突進し、間違いを指摘されても「魔法使いが巨人を風車に変えただけ」と強弁して誤りを認めない。
「ドキュメンタリーと研究は、どちらも現実を編集して届ける仕事で、重要なのは事実を基にしているかどうか。そこに仕事の価値があるはずです。政治家でも企業人でも、かつては不正を指摘されたらそこで終わりでしたが、最近は言われた方が『私はそうは思いません』と言えば何とかなってしまっている。信念というと聞こえはいいですが、要は事実をねじ曲げ、信じるか信じないかの話になってしまっています」
研究や報道分野に限定した話だけではない、今の時代に通底する言説への問題提起が興味深い。
(集英社 2640円)
▽岩井圭也(いわい・けいや) 1987年生まれ。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞してデビュー。「サバイブ!」「真珠配列」「あしたの肖像」「拳の声が聞こえるか」など著書多数。



















