元中国大使・丹羽宇一郎氏に聞く 日本は対中国でどう対応するべきか

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丹羽宇一郎(元中国大使、日中友好協会会長)

 今年2022年は日中国交正常化50周年。1972年9月29日、当時の田中角栄首相が北京で周恩来首相とともに「日中共同声明」に調印してから50年の記念すべき年なのだが、お祝いムードはなく、日中関係はいまや戦後最悪にまで冷え込んでいる。それは政治や外交の現場だけではない。日本国民の対中感情の悪化も極まり、世論調査では9割が中国に良い印象を持っていない。米中対立のエスカレートに伴い「台湾有事」も語られ、不穏な空気も漂う。現状を憂い、永続的な日中友好を願う元中国大使に話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──開催中の北京冬季五輪では、欧米各国が外交的ボイコットをし、日本も政府関係者を派遣しませんでした。この状況を、どうご覧になっていますか?

 私自身、五輪にまったく関心がないわけではありませんが、政府関係者が欠席ということもあり、関係者以外はいつもと違う感じを持っておられる人が多く、国を挙げてという日本の元気がいまひとつという印象を受けます。

 ──日本の世論の9割が中国に対して良い印象を持っていない、ということですからね。

 どうして中国に良い感情を持てないかというと、ひとつは中国をいまだ侮蔑しているからではないでしょうか。「シナシナチャンコロ」という言葉があるじゃないかというように。「シナ」という言葉は、司馬遷の「史記」などを読みますと、紀元前3世紀ごろにあった「秦(シン)」という王朝が「シナ」になっていったので、必ずしも侮辱する言葉ではないんです。しかし「チャンコロ」ってのは一体なんなんだ、と。お金のことを「チェン」って言ったんです。それがいつの間にか「チャン」に変わった。それに「コロ」が付いて「チャンコロ」。要するに、小さなお金がコロコロする連中、という意味で、「小さくて取るに足らない」という侮辱的な言葉になった。2つ目は最近の中国の政治的な尖閣への威圧的行動や一部の人権侵害報道にどこか嫌悪感や威圧感を抱くようになった人がいる気がします。しかし、中国はいまや世界第2位の経済大国だし、貿易では世界一の国となっています。時代も違うし、また報道だけで中国のことを軽蔑したり、怖がったりする必要はないでしょう。いろいろな意見を聞いて、現場を見て考えましょう。

■米中対立は茶番劇、乗っかってはいけない

 ──中国大使の時代に中国全土をほぼくまなく歩きまわったそうですが、新疆ウイグル自治区の人権問題については、どうお考えですか?

 私が新疆ウイグル自治区を訪れたのは、2010年か11年ごろです。今から10年ほど前ですね。中国政府から「ウイグルの人たちに会ってくれ。会って話を聞いてくれ」と言われました。そりゃあ行けば、良いことが多いですよ。中国語を話すウイグル族のトップの人が、非常に丁寧に我々をもてなしてくれました。新疆ウイグル自治区では、学校で中国語を教え、ウイグル族の言葉は教えないと怒る人がいますが、自治区の住民の半分は漢民族ですから、中国語を話せなければお金を稼ぐことも、中国人と話すこともできません。

 ──今年は「日中国交正常化50周年」です。しかし、日中関係は冷え切っています。

 まずはっきりさせておきたいのは、米国は台湾問題で中国と茶番劇みたいなことをやっているということです。巷間言われているような「台湾有事」となって、台湾のために米国の軍隊が台湾に入っていったとしても、結果は見えている。米国は絶対に勝てません。米国は世界全体の軍事力で言えば、中国の3倍ぐらいの軍事力があります。しかし、対ロシアなど欧州、中東、アジアにも軍隊を展開しており、東南アジアや台湾海峡には、中国に勝るような軍事力を持っていない。戦闘機などの数を見れば、それは明確です。米国も中国には勝てないことが分かったうえで、ちょっかいをかけている。米国の威信のためです。

中国はこの先も隣国、喧嘩しても仕方ない

 ──そうなると、日本は対中国でどのような対応をすべきでしょう?

 国家副主席・習近平(現国家主席)は私に「住所変更はできませんよ。これから何百年も、隣国としてお付き合いしていくのです」と言いました。喧嘩しても仕方ないでしょう、という意味です。たとえ米国が台湾有事で日本に協力を求めてきたとしても、日本は茶番劇だということを頭に入れて行動する必要があります。米国から「おい、ちゃんと台湾を支援してやってくれ」と言われても、真に受けて乗っかってはいけない。日本は独立国です。米国には、「いやいや、アメリカさん。それは分かりますけど、日本は中国と、今後も何百年と隣国として仲良くやっていくのだから、我々は簡単に応援できません。武器を持って戦うのはお互いやめてください」と言えばいい。隣国というのは往々にして仲の悪いものです。しかし、歴史的にずっと戦争ばかりやっていた日本と中国が、この50年は平和にやってきたのです。こんなところで武器を取ってはいけない。

 ──外務大臣ですら訪中しにくい、という今の日本の雰囲気はおかしいですよね?

 日本も中国も頭の良い外務大臣ですから、お互いに茶番劇だと分かっていると思います。この先の50年も平和にやっていくためには、日本も茶番劇をやればいいんです。「中国と喧嘩なんかしたくないよ。でもアメリカの顔も立てないといけないから、君たちもそうしてくれよ」と、お互いに話し合いで。大事なのは喧嘩や戦争ではなく外交です。できれば日中に韓国も入れて3カ国で話ができればいいのですがね。

■日本は米国の言いなりになって軍事費を増やしている

 ──現状は、そうした平和な方向とは逆に進んでいるように見えます。

 日本でいま一番の懸案材料は、米国の言いなりになって軍事費を増やしていることです。我々は武器を持てば持つほどに、武器を使いたくなるものです。良いおもちゃを持つと、それで遊びたくなる子供と一緒。これが戦争なんです。今の若い人が何と言っているか。「年寄りや大人は、あちこちに戦争の種みたいなものばっかり作るだけ作って、食い散らかしたまま逃げるのか」と怒っていますよ。若い人たちに、そう思われないような国にしなければいけません。

 ──日本国内で大きくなる「反中感情」については、丹羽さんが編集・解説された「現代語訳 暗黒日記」(外交評論家・清沢洌が太平洋戦争中に記した日記)で指摘されていらっしゃるように、戦争当時と似た空気感があります。「多数が同じ方向を向くのはあまりよろしくない」とも書かれていました。

 日本はやはり少数民族で日本人ばかりですから、権限が不明確で、誰も責任を取らなくていいような言い方で物事が進められる。それは戦前も今も変わっていません。「きっと天皇はそういうつもりだよ」「総理はそういうつもりだよ」「社長はそのつもりだよ」で決まっていく。実際には、総理も社長も何も言っていない。言って失敗したら責任を取らなきゃいけませんからね。誰も決定をしないのに「そうだろう」って決めてしまうわけです。これでは日本は世界ののけ者になってしまう。SNSとかそういうものばかり信用して「スマホではこう書いてあった」「SNSではこう言っている」ではダメ。自分の目で確かめ、自分で考え、自分でこうするんだと決める。そうした姿勢にならないと、いつまでたっても日本は良くなりません。

 ──習近平国家主席が、今秋の党大会で異例の3期目に突入するといわれています。習主席については、どんな印象をお持ちですか?

 習近平は頭の良い男です。いろんなことを念頭に置いて、「これをやってくれ」と指示し、「こういう報酬を約束する」「やらないやつは罰だ」と信賞必罰を実行しています。日本のように「まあ仲良くやってよ」では、14億の民は統治できません。まずはお互いに信頼し合って、良いものは良い、悪いものは悪い、というのが、習近平の考え方だと思います。中国との付き合い方の肝もそこにある。人は自分のかがみ。あなたが人を信頼すれば、人もあなたを信頼する。平和に暮らしていくためには、自らまず平和への第一歩です。

(聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)

▽丹羽宇一郎(にわ・ういちろう) 1939年、愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事に入社。98年社長に就任。2004年に会長。豊富な中国人脈が注目され、10年6月から12年12月まで民間出身として初の中国大使を務めた。「戦争の大問題」「習近平の大問題」など著書多数。最新刊は編集・解説した「現代語訳 暗黒日記」(清沢洌著)。

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