「八方破れや!」西本監督が意気込み日本Sを先勝するも、翌日の雨天中止が流れを変えた
前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜掲載)
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1968年、阪急ブレーブスはパ・リーグ連覇を達成。この年、彗星のように現れたスラッガーがいた。矢野清である。59年に八幡浜高から入団したが、67年までの9年間でホームランは8本。ほとんど二軍暮らしだった外野手が、68年6月20日には長池徳士に代わって4番に座り、シーズン27本のホームランをマークした。
この年、5番打者に定着した森本が語る。
「同じ愛媛県人だから気にかけていたよ。あの人は二軍が長かった。俺みたいな他人を押しのけてのし上がるような性格じゃなかったんだ。長池以外の日本人選手で20何本も本塁打を打つのはいなかった。でも2、3年であっと言う間に引退しちゃったんだよね」


















