日本ハムとの合同胴上げの舞台裏…高齢だから「絶対に落としちゃダメだ」という緊張感があった
2009年、2位になった楽天は球団創設以来初のAクラス入りを果たし、クライマックスシリーズ(CS)に進出。しかし、野村克也監督の退任は「契約満了」を理由に、覆ることはなかった。
ファイナルステージ4戦目で梨田昌孝監督率いる日本ハムに敗れて終戦。スタンドのファンへ挨拶が終わると、ヤクルト時代に野村監督の教え子だった吉井理人さん(当時日本ハム一軍投手コーチ)が真っ先に監督のもとへ駆け寄って抱き合った。
実は試合前の練習中、ヤクルト時代の野村監督の教え子だった稲葉(篤紀)に声をかけられた。
「どちらが勝っても負けても、決着がついたら野村監督を胴上げしたいんです。最後の花道をつくってあげたいんですが、どうでしょうか」
もちろん快諾した。
日本ハムの輪と楽天の輪が交わり重なると、稲葉がこう言ってきた。
「武司さん、入っていいですか?」
「一緒にやろう!」
楽天と日本ハムの“合同胴上げ”。負けた指揮官が5度も宙に舞う、不思議な光景だった。
胴上げというのは、どんなに大柄な人でも大勢でやるから重さはそこまで感じない。野村監督もそうだったけれど、高齢だから「絶対に落としちゃダメだ」という緊張感があった。
「来年もう1年やったら、野村監督と一緒にユニホームを脱いでもいい」
俺自身、そんな思いもあったが、踏みとどまったのには理由があった。
もともと俺は数字の目標を立ててプレーしてこなかった。プロに入ってしばらくは「背番号と同じ22本は本塁打を打ちたい」と漠然と考えていた程度。ただ、長くプロ野球選手を続けていく中で、子供の頃から憧れていた
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