「安倍晋三 平成・令和の光と闇」服部龍二著/中公新書(選者:佐藤優)
コロナ禍がなければ日中関係は安定化していたかもしれない
「安倍晋三 平成・令和の光と闇」服部龍二著
政治学者の服部龍二氏(中央大学総合政策学部教授)が、安倍晋三元首相の事績について、好悪の感情を極力排し、実証的に論じた作品である。そこから浮かび上がってくるのは、保守思想を前面に打ち出して内政基盤を構築した安倍氏が、外交においては国家間の力の均衡というリアリズムに基づいて思考し、行動していたという事実だ。
特に興味深いのは、安倍氏が中国の習近平国家主席との信頼関係を構築し、日中関係を安定させようとしていたことだ。その際、安倍氏は対中警戒感の強い外務省出身者、具体的には谷内正太郎国家安全保障局長や兼原信克官房副長官補の意見を退け、政治主導で戦略を構築した。安倍氏は三段階の戦略を立てた。
第一段階は、2019年に二階俊博自民党幹事長を訪中させ、外務省を迂回した党ルートで習近平氏に親書を渡し、同年6月に大阪で開催されるG20サミットへの習近平氏の出席を取り付けたことである。
第二段階は、G20サミットの際の日中首脳会談で「日中新時代」と「競争から協調へ」という概念に合意したことである。そして安倍氏は次の段階に踏み込もうとした。
<第三段階は、習近平の国賓来日と日中関係を規定する政治文書の発出である。安倍はトランプに続く令和二人目の国賓となるはずの習近平来日を機として、「新時代の成熟した日中関係」の構築を目指した。習近平も二〇二〇年四月の訪日時には、過去の四つの日中共同声明に続く第五の文書に向けて、自らの指導思想のキーワードとなる「新時代」を盛り込もうとしていた〉
しかし、その戦略は頓挫してしまった。
<二〇二〇年四月上旬に予定されていた来日は、コロナウイルスの蔓延により無期延期となる。習近平の国賓来日は胡錦濤以来、一二年ぶりの中国国家主席による公式訪日となるはずだった。安倍はこれを「競争から協調へ」の集大成と位置づけていた〉
コロナ禍がなければ、日中関係の構造的安定化が実現していたかもしれない。
外交において、疫病のような不確定要因が死活的に重要となることがある一例である。 ★★★
(2026年7月20日脱稿)



















