俺が41歳で「2年5億円」の大型契約を掴んだ作戦…楽天査定担当に提案「来季、もし…」
2007年、楽天は球団創設以来初めて最下位を脱出(4位)。俺自身も43本塁打、108打点で2冠を達成、「バラ色のオフ」が待っていた。
楽天では球団創設以来、契約更改はずっと大トリ。下交渉は何度かあったが、この年も最後にハンコを押した。事前にメディアを通じて「倍増が最低ライン」と宣言していた通り、前年の年俸8250万円から大幅アップの1億8000万円プラスタイトル料1200万円の1億9200万円。実際はオールスター(ファン投票)とベストナインに選ばれたボーナスが500万円ずつあり、合計で2億円ちょっともらった記憶がある。
今だから言えるけれど、楽天はインセンティブの設定額が安かった。リーグ優勝やCS進出といったチームの成果にはボーナスが出たが、選手の個人タイトルに関する出来高は本当に微々たるもの。中日にいた頃は確かタイトル料が1つにつき1000万円だった。それが楽天だと600万円だったから、ブーブー言っていた気がする。
単年契約でサインしたのは、「次のシーズンはもっと活躍してベースを上げてやろう」という自信があったのと同時に、複数年契約を結べば活躍してもアップする金額が抑えられてしまうから。個人成績の出来高が少ないだけになおさらだった。
プロ野球選手は個人事業主。チームスポーツではあるが、個人の成績も生活に直結する一方、球団に雇われている身でもあるから複雑だ。楽天では交渉の場で本塁打や打点といった個人成績を条件に出すと、球団が難色を示すのは分かっていた。そこで09年、41歳で39本塁打をマークしたオフ、ある作戦に打って出た。
交渉が始まって最初は単年契約を提示された。もう少し評価してほしい。そう思って上乗せをお願いすると、球団代表の米田(純)さんから「それなら複数年という選択肢もある。ただ、もし複数年が希望なら、年俸はちょっとディスカウントしますよ」と言われた。そこで米田さんと、査定担当だった長島(哲郎)さんにこんな提案をした。
「来季、もし
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