大打者・張本勲の過酷すぎた生涯…生前に語ってくれた「一番悲しかったこと」
「(5歳の時のやけどで=筆者注)張本の右手は薬指と小指がくっついたまま曲がっています。つまり右手は三本指で打っている。この右を左にまけないように力をつけてやらねばならなかった。グローブも厚い皮を内に入れて指が曲がらないよう工夫してやりました」
張本の左手の握力は70キロで、右手は30キロ。毎日、練習が終わってから300球以上トスバッティングをした。松木は腰が立たなくなったが、張本は歯を食いしばって打ち続けた。
「野球をやっていれば、貧困、孤立感、その他いっさいの身のまわりの汚辱と憤怒と悔恨と憎悪が忘却に附せられたのではなかったか」(虫明)
私は張本に聞いた。これまでで一番悲しかったことは?
重い口を開きおおむねこう語った。
「広島球場で野球をやることになって、お袋に喜んでもらおうと球場に招待したんだ。だけどね、私がレフトの守備につくと『朝鮮人帰れ!』コールがものすごかった。私は慣れているからいいが、お袋が聞いていると思うと……」


















