『「マイノリティの支配」の正体 分断される社会と文化戦争の罠』アッシュ・サルカール著 町田敦夫訳/東洋経済新報社(選者:佐藤優)
少数者が支配しているという物語「対立によって利益を得るのは誰か」
「マイノリティの支配」の正体 分断される社会と文化戦争の罠』アッシュ・サルカール著 町田敦夫訳/東洋経済新報社
「マイノリティ支配」と聞くと、少数者が多数者を実際に支配しているという意味に受け取ってしまう。しかし、本書が問題にするのは逆である。移民、性的少数者、反差別運動家などが社会を牛耳っているというイメージが作られ、その結果、人々の怒りが本来向かうべき経済格差や富裕層への富と権力の集中からそらされ、弱い少数者に向けられる。これが著者アッシュ・サルカールのいう「マイノリティ支配」のからくりだ。
著者はこう記す。
〈マイノリティ支配は本当のマイノリティ支配の形態を見えにくくさせ、支え、拡大させる働きをする。労働者階級の怒りの矛先を経済的、政治的不平等からそらせ、スケープゴートにされたアイデンティティ少数派に向かわせる〉
要するに、「少数派が支配している」という物語が、権力を持つ少数者を隠すのである。著者が念頭に置くのは、莫大な資産や企業支配力、政治への影響力を握る富裕層や資本家だ。社会的不満の原因が移民や性的少数者などにあるかのような議論が広がれば、人々は上にある権力ではなく、同じレベルや下層にいる人々を敵視するようになる。
興味深いのは、著者が右派だけを批判しているのではないことだ。左派も、アイデンティティを過度に細分化し、労働者や生活者に共通する利害を見失ってきたと見る。その結果、賃金、住宅、社会保障、雇用などの具体的問題より文化や言葉をめぐる対立が前面に出る。SNSもこの傾向を増幅する。怒りや対立は注意を集め、広告収入につながるため「誰がわれわれを脅かしているのか」という物語ほど拡散されやすい。文化戦争が経済的利益と結びついているという指摘は重要だ。
評者はサルカールの新左翼的立場には賛同できない部分が多々ある。ただし、「誰が社会を支配していると思わされているのか」「その対立によって利益を得るのは誰か」という問いは、右派にも左派にも必要だ。
日本でも外国人、ジェンダー、世代、学歴をめぐる対立が、生活に直結する問題より大きく見えることがある。怒りがどこに向けられているかだけでなく、なぜそこに向けられているのかを考えるための有益な一冊だ。
★★★
(2026年9月12日脱稿)



















