神奈川県下に伝わる“ド下手”心臓外科医のエピソード
病院は劇場空間です。冠動脈のバイパス手術で、「今日の手術はなんだか思った通りにいきそうもないぞ。血管がとにかくモロい! 細い! ガチガチだ!」。
こんなとき、眉間にしわを寄せて不機嫌になると、脇にいる看護師さんは鋭い感性ですぐにその状況を察知します。対面で手術を手伝ってくれている、優秀なアシスタントの研修医君は「なんだよ! 時間がかかりそうじゃん。とっとと終わってほしいなぁ……」という顔をしています。
そんなとき、執刀医はしっかりと平静を取り繕わなければなりません。
「やっぱラフマニノフは1番だよ。2番は聴き飽きたし。あれこそミハイル・ショーロホフの『静かなドン』(『ドン』はドン河のドン)のテーマ曲だよ。聴いてて泣けてくるよ」
こんなふうに私の場合、誰もついてこられそうもない、まったくお門違いの話題をふります。私のこの戦法は、すでに周りに見抜かれているかも知れません。
手術中での外科医のビヘイビア、ふるまいは、手術の技能に直結すると考えます。ギョーカイでは、心臓外科医の御無体がよく聞こえてきます。事の真偽はわかりません。なかでも「メスを投げる」はゼッタイにウソでしょう。いまどき戦前の和製ドイツ語の「メス」なんて言葉遣いの外科医は日本にはいないはずです。医療界では、しばしば稚拙極まりないネガティブキャンペーンが横行します。幼稚な世界です。


















