大打者・張本勲の過酷すぎた生涯…生前に語ってくれた「一番悲しかったこと」
張本の両親は在日韓国人。王の父親は中国浙江省出身。ともに外国にルーツを持つ2人だが、プロ野球に入るまでの人生はまったく違った。父親に早く死なれ極貧生活の中でケンカだけはめっぽう強く、野球選手にならなかったら映画「仁義なき戦い」で描かれたようなヤクザになっていただろうと、虫明に語った張本。
3歳上の次姉を慕い、彼女の結婚が決まると、仲人にバケツの水を頭からかぶせ、「行くな」と号泣した張本。将来は科学者か医者になろうと考え、野球と勉学に励んでいた王。
高校野球の強豪・浪商に入りながら、暴力沙汰の責任を負わせられるなどで、一度も甲子園の土を踏むことができなかった張本。早実に入り、すぐに脚光を浴び、春の甲子園で優勝した王。
中日の誘いを断り、東京に住みたいという理由でパ・リーグの“暴れん坊”東映(現在の日本ハム)に入団した張本。セ・リーグの“超人気球団”巨人に入団した王。
だが、張本も王も入団早々挫折を味わう。王は投手失格。当時東映のコーチ松木謙治郎は、一目見て張本は「物になるバッティングじゃなかった」と語っている。


















