著者のコラム一覧
三島邦弘

ミシマ社代表。1975年、京都生まれ。2006年10月単身、ミシマ社設立。「原点回帰」を掲げ、一冊入魂の出版活動を京都と自由が丘の2拠点で展開。昨年10月に初の市販雑誌「ちゃぶ台」を刊行。現在の住まいは京都。

「数学する人生」岡潔著 森田真生編

公開日: 更新日:

 近年、数学者・岡潔(1901~78年)の著作の復刊や選集の刊行が相次いでいる。「人の中心は情緒である」と述べた岡先生の言葉を時代が渇望する。その現れであろう。なかでも、群を抜いて「肉声」に迫る一冊が、本書である。それもそのはず、集中的に著作が出たあと、ぷっつりと刊行がなくなった晩年期(72年)に行われた「最終講義」1年分が編集されて収録されているのだ。むろん未刊行の講義録だ。

 ところでなぜ、これまで世に出なかったのか。いくつも理由はあろうが、ひとつは話題があまりにあちこちに飛ぶため、まとめようがなかったのだろう。今回、この難業を形にしたのは、編者である森田真生氏の力によるところが大きい。森田氏は、岡先生のご家族から直接、音源を渡され、繰り返し聴いた。その時期、私は森田氏に何度か会う機会があったが、岡先生が彼に乗り移っているとしか思えなかった。そこまで聞き込んだ末に、森田氏は岡先生の断片的な話題のなかに「流れ」、つまり「情」を見いだしたのだ。

 ここでは詳述できないが、岡先生はこんなことを語っている。――「宇宙は一つの心」である。そして「生きることが喜びである」。これは「自他対立のない世界」(情)であり、この境地に近づくためには、ひとつのこと(情の局所的様相である情緒)に「関心を集め」つづけること。――なるほど。まさに本書がひとつ(岡潔)に関心を集めつづけた結果、自他分別のない世界に編者が至った(知的というより情的にわかった)からこそ完成した一冊にちがいない。

 名著は、さまざまな読み方を可能にする。ただし共通するのは、各論として優れているにとどまらず、生きるということの視野をも広げてくれる。本書もまた、岡潔評伝、あるいは日本とは何か、学問とは何かを深める格好の書といえる。ばかりか、数学に関心をもちつづけることで宇宙と人間の真理に近づいた巨人の生命が宿っている。小我・自我が優先されすぎた結果、大きな流れを見失いさまようしかない現代社会にあって、本書は一筋の光である。しっかりと大地に根ざした学問、社会づくりを再建していく。こうした時代の要請を実行するためにも欠かせない一冊だ。(新潮社 1800円+税)



【連載】京都発 ミシマの「本よみ手帖」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    参政党・梅村みずほ議員の“怖すぎる”言論弾圧…「西麻布の母」名乗るX匿名アカに訴訟チラつかせ口封じ

  2. 2

    二階堂ふみと電撃婚したカズレーザーの超個性派言行録…「頑張らない」をモットーに年間200冊を読破

  3. 3

    選挙3連敗でも「#辞めるな」拡大…石破政権に自民党9月人事&内閣改造で政権延命のウルトラC

  4. 4

    11歳差、バイセクシュアルを公言…二階堂ふみがカズレーザーにベタ惚れした理由

  5. 5

    最速158キロ健大高崎・石垣元気を独占直撃!「最も関心があるプロ球団はどこですか?」

  1. 6

    日本ハム中田翔「暴力事件」一部始終とその深層 後輩投手の顔面にこうして拳を振り上げた

  2. 7

    「デビルマン」(全4巻)永井豪作

  3. 8

    【広陵OB】今秋ドラフト候補が女子中学生への性犯罪容疑で逮捕…プロ、アマ球界への小さくない波紋

  4. 9

    広陵・中井監督が語っていた「部員は全員家族」…今となっては“ブーメラン”な指導方針と哲学の数々

  5. 10

    キンプリ永瀬廉が大阪学芸高から日出高校に転校することになった家庭事情 大学は明治学院に進学