「石母田正」磯前順一著

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「石母田正」磯前順一著

「暗黒のなかで眼をみひらき、自己を確乎と支えてゆくためにはわれわれは学問の力にたよるよりほかなかった」。戦後歴史学の出発点をなす「中世的世界の形成」(1946年刊行、執筆は44年)の「跋」に石母田正はこう書いた。マルクス主義者として雌伏を余儀なくされていた石母田にとって、伊賀黒田荘を舞台に古代から中世にかけての人民の抵抗の蹉跌と敗北の過程を描き出すことは、戦争の暗い時代を生き抜く唯一のよすがだったのだろう。本書は、石母田正の思想的背景を読み解くと同時に、石母田が牽引した戦後歴史学の変遷の経緯をたどる評伝。

 旧制高校のときにマルクス主義に傾倒した石母田は以後実践に身を投じ、東京帝大哲学科在学中に検挙される。釈放された後史学科に転じ、卒業後編集者の傍ら日本古代・中世の研究を始め、そこで書かれたのが「中世的世界の形成」だ。

 戦後は歴史学界の旗手として活躍するが、石母田が入党した共産党の曲折と共に、歴史学も大きく変容していく。石母田が歴史の変革の主体として「英雄」と呼ばれるリーダー的人間を措定したり、サンフランシスコ条約以降の米国と対峙するのに「民族」を前面に押し出すことに対して種々の批判がなされた。

 こうした批判に石母田は従来のマルクス主義的思考を堅持しつつも、後進の歴史家に、「都市」の問題が抜けていることは「小生の中世論における最大の欠点」だと素直に告白をするなど、最後まで学問と真摯に向き合う姿勢を崩すことはなかった。

 石母田は冷戦の崩壊を見ることなく亡くなった(86年)。社会主義国が衰退しグローバル資本主義が蔓延している現在、階級闘争の末に国家の死滅を目指すという石母田が夢見たユートピア社会は甚だ現実離れに見える。しかし、幾たびもの敗北からその意味をくみ取り革命の意志を曲げることのなかった石母田の生き方に学ぶことは多い。 〈狸〉

(ミネルヴァ書房 4180円)

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