タケ小山さん セトウチことC・スタドラーとの日本談義は…

公開日: 更新日:

 日曜朝の報道番組「サンデーモーニング」(TBS系)の“屋根裏のプロゴルファー”ことタケ小山さん(54)は25歳で渡米、18年間、米国を拠点に海外ツアーにチャレンジした経歴をもつ。大切な一枚はマスターズチャンピオンのクレイグ・スタドラーとのツーショットだ。

  ◇  ◇  ◇

 これは90年5月、「カナディアンエアー・インターナショナル」という10カ国対抗戦に出た時の写真。初めてのツアー出場で日本、アメリカ、オーストラリア、イングランドなど10カ国から男女1人ずつ、団体と個人で競いました。日本は僕と岡本綾子さんの弟子の中島千尋さん、アメリカはスタドラーとジュリ・インクスターという有名選手が出場しました。僕はこの時、25歳。細かったですよね(笑い)。

 スタドラーは愛嬌のあるルックスで、“セイウチ”というニックネームで世界中のファンから愛されていたゴルファーです。

「マスターズ・トーナメント」に優勝したのは82年。当時、僕は高校生。真剣にゴルフに取り組み始めて間もない頃でした。ゴルフ中継「ビッグイベントゴルフ」(日本テレビ系)を熱心に見ていて、スタドラーの活躍もよく見ていました。

 彼はとてつもないショットメーカーだけど、背が高くて洗練されたプレーヤーが多い中、177センチだった僕と同じぐらいの身長で、失敗すると赤鬼みたいに真っ赤な顔になって、クラブを放り投げちゃうような暴れん坊だったんです。でも、それがかわいいんですよ。

 だから、一緒の試合に出られるのは本当にうれしかった。

■ホテルも朝食もリムジンも一緒だった

 エージェントが声をかけてくれたのは当時、アメリカを拠点にしていた日本人ゴルファーが少なかったこと、その年の北フロリダのアシスタントプロの選手権で2位に入ったことが理由だと思います。前年の89年に渡米、日本のゴルフマネジメント会社が買収したフロリダの「グレンリーフゴルフアンドテニスリゾート」所属のゴルファーとしてフロント業務をやりながら、フロリダのミニツアー(メジャーに出場するための二軍戦のようなもの)とかに出場していたんです。

「カナディアンエアー」ではスタドラーとトロントの一流ホテル「ラ・ホテル」に宿泊し、朝食も一緒、ホテルとグレンナビというコースを片道45分ぐらいで往復するリムジンもたまたま同じでした。同じ組で回ることはできなかったけど、「グレンリーフ」のウエアを着ていたので気さくに話しかけてくれました。

 マスターズチャンピオンが初対面の日本人に話しかけてくるなんてあまりないと思いますよ。彼は南カリフォルニア大学を出て、どさ回りを経てメジャーに上がっていった苦労人。その昔はカリフォルニアからフロリダまで自分で車を運転し、僕のようにミニツアーに出場していた時期があったんですって。

 スタドラーに「アメリカのミニツアーに出なくても、日本にも試合はいっぱいあるだろう?」と聞かれました。当時は日本はバブルでしたから。それでアメリカは予選を通過すればだれでも試合に出られるけど、日本は当時は日本プロゴルフ協会のプロテストに合格しないと予選会にさえ出られないとか、試合に出られるようになるまで大学を卒業してから最短でも1年半ぐらいかかるので時間がもったいないと思ってアメリカに来たと説明しました。スタドラーは「日本のシステムはバカげてる」と言っていましたね。

<

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「豊臣兄弟!」白石聖が大好評! 2026年の毎週日曜日は永野芽郁にとって“憂鬱の日”に

  2. 2

    川口春奈「食べ方が汚い」問題再燃のお気の毒…直近の動画では少しはマシに?

  3. 3

    あの人「なんか怖い」を回避する柔らかな言葉遣い

  4. 4

    自分探しで“変身”遂げたマリエに報道陣「誰だかわからない」

  5. 5

    (1)高齢者の転倒は要介護のきっかけになりやすい

  1. 6

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 7

    「誰が殺されてもおかしくない」ICE射殺事件への抗議デモ全米で勃発

  3. 8

    解散総選挙“前哨戦”で自民に暗雲…前橋出直し市長選で支援候補が前職小川晶氏に「ゼロ打ち」大敗の衝撃

  4. 9

    業績悪化で減収減益のニトリ 事業の新たな柱いまだ見いだせず

  5. 10

    チンピラ維新の「国保逃れ」炎上やまず“ウヤムヤ作戦”も頓挫不可避 野党が追及へ手ぐすねで包囲網