小手伸也氏特別寄稿「不要不急とは何か」常に脳裏を掠める

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 3度目となる緊急事態宣言で芸能文化やエンタメ界も大きな影響を受けている。収入の補填もない上に客席制限など苦境が続き、その出口は見えてこない。俳優・小手伸也さん(47)がコロナ禍で一変した「現場のリアル」を切実に綴る。

  ◇  ◇  ◇

■ドラマの撮影が2カ月ストップ

 2020年、1回目の緊急事態宣言の際、当時進行中だったドラマ「SUITS/スーツ2」の撮影が2カ月ストップした。やがて各局で徐々に撮影の再開が囁かれ始めるが、現場の風景は厳重なガイドラインに沿った形でどこも一変していた。検温・マスク・消毒・換気・フェイスガード・PCR検査はもはや撮影における一般常識のようなものとなり、その状況は今現在も続いている。撮影外での制約もかなり増えた。

 クランクアップ後の「打ち上げ」という風習も無くなって久しい。おかげで苛酷な撮影を無事乗り切ったとしても、お互い労をねぎらう場所が無い。仕方が無いとはいえ、それはとても寂しく、とても憤る。何より、「不要不急とは何か」という問いが常に脳裏を掠(かす)める。この苦労は不要なのか。報われるべきと声を上げて良いものか。エンタメ業界の人間たちは、あれからずっとコロナ禍という世の風潮と向き合い、自問自答を繰り返しながら、あるいは応援の声に助けられながら、それぞれの答えを真摯に導き出している。

 それでも、僕が携わるエンタメ界隈の中でも映像制作系は救われている方かもしれない。なんとか仕事になっているからだ。より深刻なのは舞台・イベントとそれに関わる会場運営、つまり「観客を直接集める」業界だ。その窮状は度々ニュースにも取り上げられ、ご存じの方も多いと思う。

 僕が昨年出演した三谷幸喜さん演出の舞台「23階の笑い」では、徹底的な防疫対策が取られた。稽古期間中はずっとマスク着用が義務化され、おかげで芝居中の共演者の顔をまともに視認できたのは本番前のゲネプロが初めて。ゾーニングによって役者たちの立ち入れる空間は制限され、部外者との面会も禁止。2週に一度のPCR検査。客席には1席ごとにパーテーションが設けられ、場内の換気を徹底した。

■演劇の本質は「口承文学」

 それに対し、役者も観客も皆素直に従った。「演劇」を守るためだ。僕たち演劇人には、「観客の存在によって初めて舞台が完成する」という根強い信条がある。演劇は提供する側・される側の一方通行ではなく、双方向で築き上げられるもの、共に創る空間そのものなのだ。

 演劇の本質は「口承文学」である。太古の昔から村の古老が火を前にして、身振り手振りを交えて村人たちに語り継ぐ「物語」。そこで重要なのは語り部による語り口、語り部が生み出す場の空気であり、口承文学は内容と共にそれらも踏まえて、拡散・継承されていく。字に頼らない、記録に頼らない、語り手と聞き手の記憶に宿る共通体験だ。

 意識的にせよ無意識的にせよ、そういうものを届けたいと、僕らは魂を削って舞台に臨む。僕ですら一度の上演で4キロ痩せることもある。全身が悲鳴を上げ、気が昂ぶって夜中に何度も目が覚める。でもそこまでしないと辿りつけない何か、届けられない何かが舞台上には確かにある。その何かが、客席と響き合って劇場全体がひとつになるような体験を、このコロナ禍において「生の演劇と触れ合ったことがない人たち」に上手く伝えられないことがツラいと嘆息する仲間たちを、僕は多く知っている。好きで選んだ道だからこその苦悩である。

■経済的損失以上のダメージ

 その「分断」は、心血を注いだ公演が中止になったり、それにより経済的な損失を被ったりするダメージとは別に、演劇人たちの心を深く大きく揺るがしたのではないかと思う。

 コロナ禍において「演劇なんてリモートでいいじゃないか」というご意見を多数見かけた。現にそうした取り組みは恒常的になりつつある。当然、演劇の新しい取り組みとして応援したいとは思う。だが、それがサブ的ではなくメーンの観劇方式として代替可能かと言われると、個人的にはやや複雑な心境に陥る(すみません、否定をするつもりは全く無いのですが)。

 カメラを通してPCやタブレット上に変換された演劇は、やはり「口承文学的な」肌触りを失っていると僕が思ってしまうからだ。アタマの固い、極めてアナクロな感覚かもしれないが、僕はこの感覚に一定の敬意を払い続けたいと思う。

ライブ感を想像する、他人を思いやる心

「口承文学的」というのは、つまりは「ライブ感」だ。言葉に宿る情念を五感で享受する生のやり取りだ。そうした語り部の発する口伝えの言葉は、文字の発明によって形を持って以降、今やデータとなって世界中をリアルタイムで飛び回る時代となった。

 言葉は人類が生み出したコミュニケーションの道具だ。しかしその道具を、僕らは目の前の相手にさえ完璧には使いこなせない、通じない、受け取れない場合もある。目の前にいる人でもそうなら、その人の口から遠く離れた言葉・文章などなおさらだ。

 デジタルでもアナログでも、情報は伝聞・コピーされ拡散される度に劣化する。どんなに複雑な情動も、単純な(わかりやすい)受け取り方に落とし込まれる。だからこそ、僕らは慎重に、その言葉の奥にある、あったであろう「ライブ感」を想像する必要がある。要は他人を思いやる心だ。

■コロナは「思いやる心」に直接ダメージを与えてくる

 僕が新型コロナウイルスに感じた恐怖は、その「思いやる心」に直接ダメージを与えてくるところだ。コロナ禍は錯綜する情報、流言飛語、誹謗中傷などで、いとも簡単に僕らのコミュニケーションを分断した。

 直接的な交流を封じられた人々は個々に別れ、自己責任という呪縛で互いを拘束し、結果的に誰もが苦しんでいるはずなのに、全てが噛み合うことなく、そして余裕が失われた。誰もが目の前の状況に精一杯で視野思考に余白が持てなくなった。それは人々が直接語り合える場、語りかける場、互いに集まって生の情動を交換し合う場、「ライブ感」を共有する場が破壊されたからだ……というのはさすがに飛躍しすぎだと怒られるだろうか(苦笑)。

 エンタメ業界に身を置く俳優である僕にとって、語り部の場が破壊された、つまり劇場や演劇業界が深刻な危機に陥っている状況に、それとは全く触れ合うつもりがない人々が、まるで耳を貸そうとはしなかったという事態は、ある意味恐怖だった。

人生の余白とは

 エンタメは人間にとって必要不可欠ではなく、あくまで人生の余白と考える人が多いからだと思う。それは確かにその通りなのだが、人間らしさっていうのは、余白にこそ宿るものではないだろうか。そして、言葉の余白、物語の行間、情報の背後に宿り、人と人との間を繋いで人間にするものこそ、僕が先ほどから何度も繰り返している「ライブ感」なのではないだろうか、みなさん! と、僕なんかは思うのだ。

 僕は「エンタメに命を救われた」、「毎週のドラマが生きる糧になった」というお手紙をたくさん頂いている。果たして僕らの仕事は、それを観て頂くことは「不要不急」なのだろうか? 僕の中では、答えはもう出ている。

 明日も撮影がある。表現者として今は劇場を離れ、映像を通じて皆様の人生にどこまで「ライブ感」をお届けできるのか。正直その修行に必死な毎日である。コロナなんかに負けてる場合ではないのだ。

▽小手伸也(こて・しんや)1973年、神奈川県生まれ、早稲田大学卒。劇団innerchild主宰、作家、演出家、俳優、声優。TBS日曜劇場「TOKYO MER~走る緊急救命室~」(7月スタート)レギュラー出演予定。

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