音楽プロデューサー松尾潔氏 災禍が提示する「音楽との幸せな付き合い方」とは何か

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 10月から新型コロナウイルス対策が緩和されて人の流れが戻り始めたが、音楽業界は緊急事態が続いている。ライブやコンサートは観客数の制限が続き、あの手この手の試行錯誤を余儀なくされ、たとえ公演を開催しても安定した利益を生み出すには程遠い。はたして業界のトップランナーは、この災禍の先にどんな未来を見据えているのか。四半世紀以上も第一線で活躍する音楽プロデューサーの松尾潔氏に話を聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 新型コロナウイルスは、CDショップから遠のいていた人の足をますます遠ざけました。とはいえ音楽産業の行く末は、すでにコロナ前から案じられてきました。本でもなんでもAmazonで買うような人は、定額で聴き放題(サブスクリプション)のAmazon Musicを利用するスキルがあり、現物のCDを買う必要がありません。おかげでCDのノンパッケージ化に拍車がかかりました(※1)。

 2001年に米アップルの「iTunes」が登場するとパッケージ産業の衰退がより顕著になり、15年には国内の音楽ソフト・配信関連の売り上げがライブの市場規模を下回るようになった(※2)。ところが、そのライブシーンもコロナ禍によって配信の形式が増え、収益構造は大きく変わり、手探りの中で苦境を強いられるケースが増えています。

 曲を生み出すプロデューサー、作詞家、作曲家の立場からすると、音楽との幸せな付き合い方について考えさせられるようになりましたね。いつも耳にワイヤレスイヤホンを差して音楽を聴きながら歩いている人は、必ずしも最新ヒットチャートを賑わせるアーティストのファンとは限りません。ライブに足を運ばなくても音楽を愛している人はたくさんいます。

 一方で、手元にある10枚のCDだけで十分に楽しめるという方もいるでしょう。さらにいえば、その10枚さえも“断捨離”してしまい、記憶をたどりながら頭の中で奏でられれば満足だという方もいるかもしれません。僕は山口百恵さんのファンなんですが、彼女のレコードは1枚も持っていません。それでもテレビやラジオなどから流れてくる歌声を聴けば、今も昔も心が震えます。

■音楽の楽しみ方・愛し方は十人十色

 本当に優れたポップミュージックというのは環境を選ばない。どんな時も、聴き手に訴える何かがあるんです。だから音楽は楽しいし、その愛し方は十人十色なんですよ。

 もちろん、音楽を生業としているので、曲を作ってすぐ収益化できるに越したことはないとは思っています。新しいプロダクツや新曲をどんどん出してマネタイズしていかなければ、産業として立ち行かなくなるのは当たり前です。ただ、だからといって、このコロナ禍で半ば確信犯的に「音楽は不要不急のものではない」「常に必要だ」という一部の業界の人たちの物言いには感心しません。音楽との付き合い方は人それぞれで、1つに定義されるべきものではないと思います。

ポップミュージックに追求されるものは何か

 ただし、一定の傾向はあります。大衆音楽が歌ってきた人生、愛、幸せの形は、コロナによって変わってきています。それを考えれば、ポップミュージックには、これまで以上にタイムリーであることが求められていくでしょう。

 1曲にかけられる長さも変わってきています。サブスクの音楽配信サービスが定着したことで、楽曲のイントロ(前奏)が短くなりました。出だしから心をつかむような曲でなければ、簡単にスキップされてしまいます。さらにいえば、イントロだけでなく、間奏やアウトロ(終奏)、ソロ演奏も割愛され、曲自体が短くなっています。

 私がプロデュースし、小山内舞名義で作詞を手掛けたCHEMISTRYの「You Go Your Way」は20年前にオリコンチャートで1位になりましたが、01年の発売当時は6分ちょっとの尺がありました。3分が主流ともいわれる現在の楽曲の2曲分です。最近は動画プラットフォームのTikTokがヒットの発火点になることも多いですが、そうなると3分どころか、15秒の勝負になります。僕も新曲は短くなるように意識していますが、本音を言えば、寂しいですね。

 でも、憂うばかりではなくて、面白い兆候もあります。YouTubeやTikTokから人気に火がついたAdo、ヨルシカ、yamaといったアーティストの中には“顔出しNG”も珍しくありません。彼らはメディアに出演の場として、テレビカメラを気にせずに済むラジオを選ぶケースがあるのです。これはある種の回帰です。70年代後半ぐらいまで、米国のポップミュージックはドーナツ盤の文化でした。アルバムではなくシングルを発表することがアーティストとしての活動のメーンであり、そのシングルのセールスは、どれだけラジオでかけてもらえるかが勝負でした。日本の音楽シーンも車社会の米国とは規模が違うにしても、ラジオが購買の入り口だったわけです。

 一方で今は、Podcastやインターネットラジオなどの“音声”を軸としたサービスが増加しています。この状況が成熟すると、制約ばかりをのみ込んでドラマ映画の主題歌を作ったり、CMなどのタイアップを取ったりすることを意識する以上に、ラジオでかかる楽曲を目指すようになるかもしれません。

■ポップカルチャーの本質は生きることに対する肯定

「ポップカルチャーの本質は生きることに対する肯定だ」――これは尊敬してやまない山下達郎さんの言葉です。だとすれば、たとえどんなに悲しいラブソングでも、聴き終えた後には前を向いて歩いていこうと思えるはず。僕もそう信じたいし、この時代を生きているひとりでも多くの人に聴いてもらえる音楽を作りたい。そして、タイムリーの先にタイムレスな、普遍的な価値も見いだせたら、この上ない幸せですね。

(※1)…日本レコード協会の統計によると、国内の音楽コンテンツのうち、2020年度CDなどのオーディオレコード市場は前年度比85%(1300億円)だったのに対し、音楽配信市場は同111%(782億円)をマークした。

(※2)…2015年のライブ市場規模は3186億円(コンサートプロモーターズ協会調べ)、同年の生産実績・音楽配信売上実績は3015億円(日本レコード協会調べ)。

(聞き手=小川泰加/日刊ゲンダイ) 

▽まつお・きよし 1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、EXILE、JUJUらを手がける。今年2月、初の長編小説「永遠の仮眠」(新潮社)を刊行。「歌詞を書くことは、いろいろなものをそぎ落とす行為。長編小説は最低限の状況説明をバランスよく組み込んでいく作業。音楽と小説は使う“筋力”が異なりますが、僕が書きたいのは、この国での生きづらさや喜び、人の営み。音楽同様、小説もタイムリーでありたい」と話す。



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