著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

ぼくたちの日々には、もっと曖昧でユルい「愉しさ」が足りないのではないか

公開日: 更新日:

 師走最初の土曜日(12月2日)の午後、東京・御茶ノ水のブックカフェ〈エスパス・ビブリオ〉で催された「泉麻人×一志順夫トークショー『昭和50年代の東京について語ろう』」は、サブカルチャーを偏愛する数十名の大人たちの熱気につつまれた。

 これは泉さんの新著『昭和50年代東京日記』(平凡社)の出版を記念したもの。マイクを握る両氏はいずれもフリーペーパー「月刊てりとりぃ」の同人とはいえ、対談するのは初めてという。

 ぼくはこの秋から寄稿するようになった同紙の新参者だが、読者として長らく著作に親しんできた泉さん(昭和31年新宿区生まれ)と、30年以上も音楽の仕事や私的な時間を共にしてきた一志さん(昭和37年三鷹市生まれ)の顔合わせには興奮を禁じ得ない。両者の初トークを聞き逃すわけにはいかぬと足を運んだ。

 昭和43年に福岡で生まれたぼくは、昭和50年代の東京をわずか3日しか体験していない。たしか小学5年生の夏休みだから、昭和53年か。かつて13号地と呼ばれた埋め立て地(現在の江東区青海)で開催された〈宇宙科学博覧会〉の見学に、地元九州の新聞社の「豆記者」のひとりとして参加したのだ。

 無論3日間を宇宙博だけで過ごしたわけではない。本郷の和式旅館の大広間に布団を並べて豆記者仲間と深夜までおしゃべりに興じ、神宮球場のヤクルト対阪神戦に歓声を上げ、東京タワーでスリの餌食となり、財布をなくして泣きべそをかいた。

 そんなことを思いだしながら『昭和50年代東京日記』の53年の章を読んでみる。当時慶応義塾大学4年生の泉さんは広告、映画、そして演劇という3つのサークルに所属して、精力的に活動していたことがわかる。

 新宿の紀伊國屋ホールでつかこうへいの「熱海殺人事件」を観劇して刺激を受けたり、広告クリエイターを目指して就職活動を始めたり。年が明けると卒業旅行で丸々1か月もアメリカを旅していたと書いてあるから、何とも羨ましい境遇の若者だなあ。

 ラスベガスではカジノのスロットマシーンでちょっとした勝ち金を得た泉さんは、調子に乗ってホテルの部屋にコールガールを呼ぶという挙に出るが……その先は実際に読んで確かめていただくとしよう。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  2. 2

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  3. 3

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  4. 4

    片山さつき財務相の居直り開催を逆手に…高市首相「大臣規範」見直しで“パーティー解禁”の支離滅裂

  5. 5

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  1. 6

    小林薫&玉置浩二による唯一無二のハーモニー

  2. 7

    森田望智は苦節15年の苦労人 “ワキ毛の女王”経てブレーク…アラサーで「朝ドラ女優」抜擢のワケ

  3. 8

    臨時国会きょう閉会…維新「改革のセンターピン」定数削減頓挫、連立の“絶対条件”総崩れで手柄ゼロ

  4. 9

    阪神・佐藤輝明をドジャースが「囲い込み」か…山本由伸や朗希と関係深い広告代理店の影も見え隠れ

  5. 10

    阪神・才木浩人が今オフメジャー行きに球団「NO」で…佐藤輝明の来オフ米挑戦に大きな暗雲