「龍の守る町」砥上裕將氏

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「龍の守る町」砥上裕將氏

 主人公は、長年消防士として活躍してきた秋月龍朗司令補。5年前の豪雨での救助活動以来、雨の音などがトリガーとなってパニック発作を起こすようになった。誰にも悟られないよう注意深く過ごすなか、ある日指令室への異動辞令を受ける。現場で人を助ける消防士として最後の消火活動を終えた秋月は、自らを奮い立たせ新しい職場へ向かうのだが……。

「2017年に九州北部豪雨があり、私が知る馴染みの景色が突然変わってしまいました。日常生活が脅かされる経験は、情報量が多すぎて言葉にならず、何度も立ち止まって思い出してしまう。そんな時、知り合いの消防士さんから災害支援の話を聞いたんです。私が1年くらいかけて取材したたくさんの消防士さんの姿や証言から、この小説は生まれました」

 物語の中で、当初指令室を119番の電話を取るだけの職場かと思っていた秋月は、相手から的確に必要事項を聞き出し、必要に応じて車両出動させる同僚たちの手際の良さと判断力に舌を巻く。電話応対もパソコン操作もしたことがなかった主人公は、戸惑いながら彼らの技能に敬服し、仕事を覚えていくのだ。

 本書は、消防士の目を通して、災害に見舞われた地域で災害の記憶と進まない復興に心を痛めている人々と、地元のために奮闘し続ける消防士や地域の人々の姿を描いた心温まる祈りの物語だ。

「地方の消防士は、警察官や自衛官の方と違って、自分が管轄する地域に住んでいることが多く、災害時に自分や家族も被災者であることが少なくありません。それでも助けに行かなければならないという複雑さは、想像を絶します」

 今までの著作では水墨画家や視能訓練士など、世間であまり知られていないマイナーな職業人に光を当てた著者だが、本作では消防士を取り上げた。その中で消防士の職業人の側面だけでなく、2人の子供を持つ父親であり、地元のボランティアに奔走する妻と共に暮らす家庭人であり、助けられなかった人や水への恐怖の記憶にさいなまれる傷ついた人でもあることが多角的に描かれている。

「特に水害の場合、鍛錬している消防士といえども火災と違ってロープとスコップと助けたいという気持ちぐらいしか装備がない。絶望的な状況なのですが、それでも日々培った観察眼と瞬時の判断力で最後まで助けようとする。緊急応答の様子や実際の救助手順など、現場の方にチェックしていただいているので、消防士の仕事をどこまでもリアルに書いたつもりです」

 消防士のお仕事小説としてはもちろん、得意としていた仕事からキャリアチェンジを余儀なくされた40代の主人公の戸惑いや災害トラウマ、災害に見舞われた地域に住む郷土愛あふれる人々の思いという観点からも本作は読むことができる。特に近年自然災害が増えているなか、本書の中の出来事を決して他人事だとは思えない人の方が多いはずだ。来年の初夏には本作の続編も出版される予定だという。

「本書では、救助や指令室の描写だけでなく、主人公が子供に卵焼きを作ってあげるシーンなど、ほっとする場面も出てきます。私自身40代になってこうしたささやかなことにこそ、幸せを感じるようになりました。消防士といっても、普通に人生を生きて普通の幸せを感じているひとりの人間です。彼らを身近にいるもう一人の自分のように感じてもらえたらうれしいです」 (講談社 1980円)

▽砥上裕將(とがみ・ひろまさ) 1984年生まれ。福岡県出身。水墨画家。「線は、僕を描く」で第59回メフィスト賞を受賞し、小説家デビュー。同作は漫画化&映画化されて話題を呼んだ。他の著書に「7.5グラムの奇跡」「一線の湖」「11ミリのふたつ星」がある。


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